春のビスケー湾と聖地サンチャゴへの船旅2024 前編

今回の「ワールド航空サービス」のツアーは ツアー客が全体で92名 
添乗員が6名 出発地は羽田 成田 関空 福岡と全国レベル展開です
我々夫婦は 当初 羽田~ヘルシンキ経由ロンドンで申し込みましたが
飛行機の手当が出来ず 成田~アブダビ経由ロンドンに変更されました
(私が申し込んだのが遅れ「キャンセル待ち1位」となっていました)
変更の飛行機は エティハド航空という 今まで知らないゆえの不安が
・・・
まさにそのときタイミング良く エアラインレイティング社からの
世界で最も安全な航空会社ランキング2024」が発表されました
385社ある航空会社中のトップ25なのです

1位 ニュージーランド航空
2位 カンタス航空(オーストラリア)
   1位2位争いは本当に僅差 過去3年でカンタスが2回1位と
   カンタス航空は過去50年以上 死亡事故ゼロを続けています
3位 ヴァージン・オーストラリア
4位 エティハド航空アラブ首長国連邦
5位 カタール航空カタール
6位 エミレーツ航空アラブ首長国連邦
7位 全日空
8位 フィンランド航空
 ・
 ・
 ・
20位 日本航空
昨年までは日本の2社は20位までに入っておらず今回大きく
順位を上げた 年初の羽田事故対応が好結果につながった?
安全な航空会社と安全ではない航空会社の違いは 当然ながら
「乗務員が重大事故にいかに対処できるかだ」・・・編集長談

<一日目 4月7日(日)晴れ>成田を出発17:30 

妻は杖をついているため 優先搭乗です

30分遅れて12時間でアブダビ到着

全身黒づくめの植松添乗員 乗り継ぎ時間が無くなり皆を急がせます

<二日目 4月8日(月)晴れ>深夜アブダビからロンドンへ

8時間かけてのヒースロー空港は2019年8月以来です

成田からヒースローまで20時間以上かかり それで機内で
食事が3回 間食も1回 まずまずの食事ですがウンザリ!
邦画も少なく 止むを得ず「数独」で時間をつぶしますが
すぐに画面がフリーズしてしまうのです CAさんに依頼
すると どこかで操作するらしく 時間をおいて復活します
現在航路を見ると 黒海上空をゆっくり飛んでおり ええ!
ロシアが気が狂って どうか当機を打ち落としませんように
ゆっくり眠るどころではありませんでした・・・

入国審査は顔写真面を機械に入れての パスポート審査です 
結果 同一人物とは判定されず? 従来同様審査官と面通し

バスにてサウサンプトン港へ向かいます 乗船時間までに2時間あり
しおりに未記載の「タイタニックミュージアム」への入館が実現です

そうです ここサウサンプトンは タイタニック号の母港があり
1912年沈没後100年に「SEA CITYミュージアム」完成

タイタニック号の運営会社と タイタニック号乗船切符

一等船室と一等客室

映画「タイタニック」でも 最後まで楽器を演奏し続けた8名
救命ボートに向かおうとした人もいた 結局最後まで演奏し続けた

タイタニック号沈没後 裁判が開かれ 近くを航行中のカリフォルニア号
救助することが不可能だったのか 裁判所の判決は如何に?

やっぱり見つけました 顔出しです

旧市街の城壁ツアーに出かけます

セントミカエル教会とチューダー様式ハウス

ルーアンカーレイン(通りの名前)

港にスカイプリンセスが待っています
プリンセスが着岸しているすぐ近くにタイタニックが入出港していたと

乗船受付はものすごい混雑
我々は 事前に「オンラインチェックイン」していたため素早く終了

今回は海側バルコニー付き ただしバスタブ無し
(2018年のリーガルプリンセスはジュニアスイートでバスタブ付)
昼食は16階のビュッフェで軽く済ませます

出航です

出航後 シエロダイニングにて一日目の夕食 どれだけ
オーダーしてもOK ただし220グラムの肉が余分だった

20:00からのシアターではグループの演奏 少しも乗れなかった

<三日目 4月9日(火)晴れ>終日クルーズ

朝食は7:30から6階後方のシエロダイニング 一番乗り
我々の部屋が12階後方なので エレベーターで直下すぐです
リーガルプリンセスと船の構造がほとんど同じで懐かしかった 

本日はフォーマルデイ 夕食にそなえ昼食も軽めに

それにしても 昨晩の出航から海が荒れ 体がフワフワしています
寝室では ハンガー同士がガタガタ鳴っていました

プリンセスランチ 女性添乗員さんが翻訳したメニューを配布

客室に入る場合 首から下げているメダリオン(メダル型端末)が 
部屋に近ずくと察知し ドア アンロックド 開けてくれるのです

いよいよフォーマルナイト 私はいつもの略礼服に蝶ネクタイ
妻は昔オーダーメイドであつらえた絹仕立ての洋服 ずーっと
太っていた時代があり 着用する機会が無かったとのことです
ガードルでおなかを抑えて とてもスマート ほれぼれします

上段は私 下段は妻のオーダー 最後のデザートはキャンセルして早退  
キャプテンズ・ウェルカム・パーティーの(シャンパン)グラスタワー
見物及び参加に出かけます 前回のクルーズでは参加できなかったので
今回はどうしても参加の列に並び 記念写真をゲットしたかったのです

大注目のシャンパングラスタワー あまりの低さにビックリ!

ダンサーの踊りのあと 太っちょキャプテンからスタート
新婚さん そしてツアーのおばちゃんに続いて我々の番です

妻は 明らかに階上のカメラマンを意識してグラスを見ていません
私は 何とか一番上のグラスに注ごうと頑張りましたが・・・

上の二枚がカメラマン撮影分 真ん中の熊はプリンセス号のシンボル

ビフォーアフター 着替えて今晩もシアターに直行です

<四日目 4月10日(水) 晴れ>サンチャゴ・デ・コンポステーラ
朝7:00スペイン・ガリシア州ラ・コルーニャに寄港

スペインは朝明けが遅く 夜がいつまでも明るいのです

パンはいつも付きます いくつでもOK
本日の日替わりメニューにトーストがあり パン食べすぎ!

ようやく下船できました
バスでサンチャゴ・デ・コンポステーラに出発 1・5時間です
バスク地方(スペイン北西部からフランス南東部 ピレネー山麓
中心に広がる)は初めての訪問 我々はフランスのルピュイに行き
ました 今回サンチャゴ・デ・コンポステーラに足を踏み入れると
出発 最終点を巡ったことになり巡礼完成と言ってもいいのでは?

上は 植松添乗員が ある場所に並んで サンチャゴ巡礼証明書を
頂いたもの 宛名は「World Air Sea Service」ではあるがツアー
全員にコピーして配布していただけました

参考:バスク人とはヨーロッパ最古の民族
   現在のヨーロッパ人の多くは 古代ヨーロッパ人と中東から
   移動してきた人々が交配して生まれた人々で バスク人はと
   言うと この交配が最も少なく古いヨーロッパ人の姿を残す
   バスク人はRHマイナス型の人が3割以上(日本0・5%)
   と世界で最も多い また話す言語が 世界のどことも無関係
   謎に包まれた民族と言える バスク語は地区公用語でもある
   バスク人ー フランシスコ・ザビエルシモン・ボリバル
   チェ・ゲバラ ゲバラのベレー帽はバスクの伝統的な帽子と

   バスク地方 住民平均所得がスペインの中でもトップクラス
   という経済発展を遂げており きっかけは 州都ビルバオ
   グッゲンハイム美術館 バルをはしごしての食べ歩きからの
   「美食」スタイル また料理の革命が世界の人々を魅了した

到着 左側の鉄柱 何と工事中バブルが崩壊 そのままだそうです

パラドール(休息所の意味あり)すかさず中に入ってみました
ここでは 毎日巡礼者が 先着順で3名が朝食をいただけると

パラドールの内側からオブラドイロ広場を一望できます

大聖堂をバックにパチリ 誰かが叫びます「今年の年賀状決まり」と

ホタテ貝のシンボルと ゼロキロメートル起点標
右の男性は 1,600km完歩されたと 皆から拍手が!
でも本当の終着点は 大西洋岸のフィステーラ岬とのこと
「地の果て」と考えられており 多くの巡礼者が訪れると
そして服をもやし ホタテ貝殻(聖ヤコブのシンボル)を
拾って帰るそうです
裏話 帰路はバスで出発地へ帰る巡礼者が多いそうです

一番上には 聖ヤコブ像が鎮座

添乗員さんが説明していますが 聞いていませんでした
さて大聖堂に入るため この広場の背後に回ります

キンターナ広場 入場者が多く 入場するまでが大変でした

本来は ボタフメイロ(大香炉)がブォーンブォーンと180度以上の
弧を描いて躍動するのです 一番楽しみにしていたのに 香炉を支える
土台が故障しており 修復時期が未定と 右は絵葉書からの物 残念!

ワールド航空サービスとしては ボタフメイロを見るための寄付金は
当然用意していたはず ユーチューブで検索し 映像を見てください

地下に潜ってまた上って 右の聖ヤコブ像を背後から抱きしめました

旧市街散策

これがボタフメイロの複製だそうです

大聖堂を遠望できる場所 アラメダ公園に行きます
左は 桜の木のようです

こんなのを見つけると すぐに近寄り ハイポーズです

坂道を下りながら 昼食場所へ

タコとホタテが非常に美味 タパス料理です
ホタテ貝は食後洗って 記念に持ち帰る人もいるみたい

ワインが一杯 3・5€なのに カバ小瓶8€は納得できません

16:00ビルバオに向け 出航するので早めに戻ります

本日のシアターは ミュージカル仕様で良かった

シアター後22:00頃レストランへ
いつものツアー指定時間外だったが 食後に飲み物をオーダー
これが意外にに高かった 私9・44ドル 妻4・13ドル
(いつもは無料で飲み物頼んでいたのです)

<五日目 4月11日(木)晴れ>バスク州ビルバオに寄港
実は 昨日緊急発表あり! ビルバオの地元サッカーチームが
40年ぶりに国王杯で優勝し 本日は街をあげての大祝勝会を
海上で実施 ビルバオ市内は交通の大渋滞が予想されるようで
市内には立ち寄らず サンセバスチャンに直行となりますと

ビスケー湾の真珠」サンセバスチャンです
今から左の山頂へバスで向かいます ケーブルカーもあるそうです


天気がいいのでバッチリ 妻のサングラスが按摩さん状態です

左の像は LUIS PASCUAL Y AUBA サッカー選手のようです
現地ガイドさんも知らない人だそうです

山頂から下りて来て町の散策 当地一番のマリア=クリスティー
ホテルと サンセバスチャン映画祭の際にメイン映画館となる劇場
映画祭の開催期間中は両方の間にレッドカーペットが敷かれるそう

ブレチャ市場

両方の通りには有名なバルが並んでいますと

 

左はフェルミン通り (右の看板 Aの文字が独特とのこと)

有名店とのことで 内部もパチリ

憲法広場では 以前闘牛が行われていて 右のベランダ上の
各部屋の数字は 見学の際の席番号だそうです

この通り 8月31日通り 戦争で道路の左側は全焼 右は無傷と 

ローソンによって流行ったバスクチーズの名店「ラ=ビーニャ」
思わず中を覗いてみました

以前テレビでも紹介されていた「美食倶楽部」会員は男性だけと

三大有名バルのひとつだそうです この店に入るようです
実は時間の無いなか 添乗員さんがガイドさんに必死に依頼
ようやく 夢のバル体験でピンチョスを食べられます

何しろ 我々20数名を一人の人が相手し 注文を請けます 
私は 近くの品を「DOS DE  ESTOS」とオーダーします
「何よこれ 私はウニが食べたいの」妻の機嫌が最悪です
再度ウニをオーダー ついでにカバも注文させられます

この表情の変化で分かると思います

壁に貼ってあるメニュー表を写してきました カバ4・5€です

矢張り美味しそう

三島由紀夫と縁のあるサンタマリア教会
時計の下 サン・セバスチャン守護聖人「セバスティアヌス」が
矢を射られた姿の彫刻が立つ 同聖人を描いた画集に興奮した三島が
仮面の告白」で自分のBLを告白 自身も同聖人に扮したりしたと

この絵を見て 三島はもちろん 女子がキャーキャー大騒ぎ
発禁になったそうです

市庁舎と海岸前のマンション 億ションで東京都心以上の値段と

外国籍のヨットが沢山

昼食のレストラン「カフェ・デ・ラ・コンチャ」

チャコリ(微発泡のワイン)を注いでもらいます

一皿目がラビオリ これがまずかった 私でさえ残しました
ミシュランの星密度世界一」とも言われ 世界一の美食の街として
知られる当地で 食べログ評価3・0はダメ 三上トラベルに頼んで
別の店に替えた方がいいのでは?

このレストラン 立地は大変良いのです
但し 食事はいまいち トイレは不衛生で ゲンナリでした

ガイドさんが 40年前に優勝した際のユニフォームを披露
本日は ビルバオ中がこのユニフォームで溢れかえるそうです

バスの中から撮影 本当でした 皆さんユニフォーム姿です

船に戻り 屋上階から海上パレードを見物

あとで妻もデッキにあがり ビルバオにサヨナラを

ソフトクリームがおいしい(無料で 私も2個食べました)

夕食後  本日のショータイム「5 Skies」は最高でした

ただしこの後が大変でした 
妻の下痢が始まったのです 本日は私も同じものを食べており
こちらは 大した異変はありませんでした