ノルウェー・アイスランド旅行18日間2026後編


「グトルフォスの滝」(黄金の滝)は今回の旅のハイライト!

<9日目 7月4日(土)曇り・雨>アイスランドのアークレイリ

左:クリーピングタイム 右:チョウノスケソウ(チングルマに似ている)
バラ科 草ではなく木・・・アイスランドの国花ホルタソーレイなのです

左:ラムズイヤー 右:ツリージャマンダー

滝の音がします 右:柱状節理がすごい


中央の細い滝の左右からほぼ対象に流れ落ちる端正で優美
「THE BEAUTY」と呼ばれる「ゴーザフォスの滝」です

「神々の滝」と呼ばれる「ゴーザフォス」幅30m 落差12m
キリスト教への改宗にまつわる伝説が面白い 1000年頃の話
キリスト教が国教となって 古来信仰されてきた 神々の偶像を
滝に投げ捨てたことに由来するそうですが いまだにその偶像が
一つも見つからない もし発見したら私(ガイド)にくださいと

火山活動が生み出した「ミーヴァトン湖」
ミーヴァトンとは「ユスリカの湖」と言う意味 ユスリカの繁殖期には
小さな竜巻 となるほど ただし野鳥(カモ)やマスの絶好のえさに

左:奇岩が迷路のように立ち並ぶ溶岩台地「ディムムボルギル」
  なにしろユスリカか何かの虫がビュンビュン飛んできます
右:アイスランドの独特なクリスマス伝統である「ユールラッズ」と
  彼らの住処とされる溶岩台地について解説しているもの
  アイスランドには 一般的なサンタクロースではなく 13人の
  いたずら好きなトロール兄弟(ユールラッズ)がいる 彼らは
  人食いトロールの母親と怠惰な父親の息子たちで クリスマスの
  13日前から 毎日1人ずつ山から人里におりていたずらをする
  そしてクリスマスを過ぎると 今度は1人ずつ山へ帰っていく

  子供たちへ 良い子にはお菓子などが贈られ 悪い子には腐った
  ジャガイモが靴に入れられてしまう

背景の二つの平らな山が右の二つ 小型エアーズロック
何でだろうか?この辺の山 全てまっ平なのです

休憩所で食べたスープと蒸しパン(黒パン)の美味しかったこと


   おまけに訪れた「グリョタギャウ」 

暗く冷たい溶岩洞窟は トロールが棲んでいるという伝説もあるため
人が寄り付かず アイスランド議会によって 社会から追放された者
たちの絶好の隠れ家になってきました
以前は温泉だったが 1980年頃近くの火山が9回も噴火して湯の
温度が上昇 現在は50℃を超えるため 温泉には不適となっている

森林が見当たらない 森林面積は乱伐のため国土の0.3%だけです
ヴァイキングが約千年前に到来したとき アイスランドの約40%は
シラカバやヤナギの低木に覆われていたと しかし薪や放牧地確保の
ため伐採が進み 数世紀の内に ほぼ無森林状態になってしまったと

現在は再植林へ舵が切られ シラカバ林を中心に森林復活中とのこと

そうそう 本日は7月4日

「エイヤフィヨルズル」アイスランドで最長のフィヨルド

町の信号も教会前にもハートが・・・
アイスランドは2022年 世界平和度指数・安全度指数1位
2026年の今年は 日本との国交樹立70周年となる年です

靴の願掛け クロアチアのリュブリアーナでも同様の光景が・・・

そう言えば このパフィンに出会ってないなあ~アイスランドの
非公式な国鳥なんだそう 正式の国鳥はハヤブサと

去る2015年には 旅行ガイド「ロンリープラネット」の投票で
アークレイリが ヨーロッパの中で「一番行きたい都市」に選出!
「レイキャヴィクに次いで第二の・・」という修飾語が取れました

ザ・ピアッツァ(デッキ中央)にはアメリカ建国250周年祝い
船内全体で ピアノの生演奏やジャズの生演奏が終日ありました

本日は「プリンセス・セレブレーション・ディナー」
前菜:シーフード・デビルドエッグ(私)
ゆで卵の黄身をマヨネーズ等と和えて 白身に詰め直した米国定番前菜
メイン:マグロのマスタードクラストソテー(私)
牛テンダーロインのローストと大海老のグリル ポートワインソース(妻)

船内のメニューを朝・昼・晩と直前に和訳し「ジャパニーズメニュー」を
作り上げる添乗員さんの苦労を分かり過ぎたツアーの面々は 彼が勧める
お勧めの牛料理(牛肉が大好きなんだそうです)を自然選んで腹一杯に!
「ハーフポーション」と頼んでも お皿が小さくなるだけなんです

デザート:ベイクド・アラスカ(私)アイスをスポンジとメレンゲで
包み 表面を焼き上げた伝統デザート
クラシック・ラブボート チョコレートムース・ドリーム(妻)

本日のシアターショーは「5Skies」
最新の映像技術・衣装を駆使したバーチャル・リアリティー風のステージ
主人公「ゲーマー1」が5つのレベルに挑む ゲーム世界をテーマにした
演出 何やら意味不明も舞台装置にビックリ

<10日目 7月5日(日)曇り>イーサフィヨルズル

本日の日の出2:15(実は昨日が2:07)日の入24:59

本日は楽しみにしていたテンダーボートでの下船がなくなりガッカリ

「海洋博物館」にはシニア料金で

干しだら あと何枚も撮影しましたがイマイチでカット

ハンドメイドのブレスレットを売っています
女の子の座り方が余りにもかわいい 両親が近くで見守っています
小銭を全く持っていないので 買ってあげられません

ヨットに太陽光パネル ああここでも中国・・・
前編で言い忘れたので ここでEVに言及させていただきます
参考:世界屈指のEV普及率を誇るノルウェー その原因をAIに質問
   ①税制優遇措置 ガソリン車に課せられる25%付加価値税免除
   ②インフラの整備 公共の充電施設が全国的にほぼ完備している
   ③特殊な住宅事情 寒冷地で 一般的なガソリン車にヒーターが
    搭載(車のエンジンオイルが固まるのを防ぐため)されており 
    家庭の多くが 車庫に200V以上のコンセントを取り付けて 
    いるのです そのため EV車充電にそのまま使えるようです

   それでは「グリーンエネルギー大国」のアイスランドではどう?
   生活電力は水力と地熱でほほ全てが 再生可能エネルギーでOK
   電力面ではゼロ・カーボンをすでに達成しています
   アイスランドはノルウェーに次いで 世界で2番目にEVの充電
   ステーションが多い 電力が安く ガスや石油価格の値上がりで
   EV車普及に繋がっており「ガソリン車を持つ方が経済的に損」

   世界の新車販売台数におけるEV普及率(2025年)
   1位 ノルウェー  97%
   2位 デンマーク  71%
   3位 スウェーデン 63%
   4位 オランダ   59%
   5位 アイスランド 50%
   6位 中国     48% 世界EV販売で中国60%

歴史を感じる街並みを ゆっくり散歩しました

レインボーの先に変なおっちゃんでは絵になりません
この歩道は LGBTQ+の権利と多様性を象徴するアートと

どうして山々がまっ平?

見逃した方からの熱望に応えての再演 やはり見事!
「スターウェイ」20世紀の偉大な人物に捧げる 映画やバラエティの
スターたちが砂の肖像で生き生きと蘇ります よく知られた楽曲と共に

本日は大変なのです ビスタラウンジ終了と同時にシアターへ


キャスリン・レルフ(サウサンプトン出身)は「フレディの女王」

「クイーン姉ちゃん」とのあだ名を頂戴する妻は1枚しか撮っておらず
私の写真を選別するのです それにしても女性ながら迫力の舞台でした

本日の日の入:24:59でした

<11日目 7月6日(月)曇り>グルンダルフィヨルズル

今日こそテンダーボートです


「ミニチュア・アイスランド」とも呼ばれているスナイフェルスネス
半島の北側入り口です
半島西部に「スナイフェルスヨークトル(氷河)国立公園」があり
この氷河山頂にある火口の中を降りて行けば地球の中心に辿り着く
ことができるという「ジュール・ベルヌの地底旅行」が始まります

港からは 有料シャトルバスです 切符の代わりがトランプカードで
ビックリ 2枚渡され これで往復 何度も代用でき効率的なのかな?

角度によって表情が変わる「キルキュフェットル山と同名の滝」

こんな幻想的な写真はプロにおまかせです

船内エレベーター前の写真パネル 
撮影対象として この山がアイスランドで最も人気のある山らしい

ハシブトガラスまたはワタリガラス 声がカラスではなく 迫力がある
右の花畑:ウマノアシガタ ミヤマギンポウゲ

偽バンクシー と一般人が入れない教会

徐々に船に近づいていくテンダーボート

船に戻り インターナショナルカフェで軽食を

ディナーです スパイス香るココナッツクラストのミートボール(私)
牛フィレミニョン グリーンペッパーコーンソース(妻)
野菜のジャルフレージ(私)(インドカレーと豆の粉で作るパン)
クラシック・キーライムパイ(私)(米国フロリダ名物の爽やかパイ)

シアターで大人気だったので ビスタラウンジで再演のマジックショー
あまりにも拍子抜け せっかく一番前の椅子を確保したのにガッカリ!

<12日目 7月7日(火)雨>レイキャビク ゴールデンサークル


   世界遺産シンクヴェトリル国立公園と「地球の裂け目ギャウ」
   本日は7:15集合で 10時間の強行スケジュールなのです

(できるだけ人間は削除しています) 自然が一番

有名な地球の割れ目「アルマンナギャウ」をゆっくり歩きます

北米・ユーラシア両プレートの境界 毎年2cmずつ離れているとか

世界最古の民主議会アルシングが開かれた所にいます 
右の写真の岩に挟まれた石 いつか落ちるのでしょう

私が雨合羽を着ていないので 雨といってもほんの小雨?
お互い白髪が増えました

参考:アルシングは世界最古の議会
   930年頃 アイスランドにノルウェーから移住した人々が 
   この地に集まり 始まった全国規模の集会兼裁判・立法の場
   当時のアイスランドは 王がいない社会で 自由農民たちが
   集まりルールを決めていた これが後に議会に発展していく

右:溶岩が冷えて固まる際できる「繩状溶岩」(粘性の低い玄武岩等の
  溶岩がゆっくり流れ 表面が縄の様にねじれた模様を造った溶岩)
  主にハワイ式噴火の溶岩流で見られる

ここにも平たい山
帰国後 AIに質問し回答を得ました
ーアイスランドの山が「平べったい理由」
1,アイスランドには「楯状火山」が多いから
  楯状火山をつくるマグマは粘り気が弱くサラサラで玄武岩質と
  いうタイプ サラサラなので噴出した溶岩が遠くまで流れ薄い
  シートを重ねるように広がっていく
  富士山のような円錐型火山はマグマの粘り気が中程度で 山の
  近くにどんどん積もるので急な斜面のとんがった山になり易い

2,氷河に削られた地形だから
  アイスランドは「火と氷の国」と呼ばれるように火山と同時に
  大きな氷河も沢山ある 長い時間をかけ氷河が山を削ると鋭い
  ピークよりも丸みのある尾根や広い谷 緩やかな高原のような
  地形ができやすく全体として「平らっぽく」見えます

3,大地そのものが台地状
  アイスランド自体がプレート境界付近にできた比較的新しい
  火山島で 広い溶岩台地上に低めの山や丘が乗っている様な
  構造の場所も多いのです  

バスの車窓から見える白い袋状の物は?「ラップサイロ」です 
刈った牧草をロールにして ビニールで密封し 発酵させます
家庭用飼料の保管としての役割ー人件費の圧縮に役立ちました

ゲイシール(ストロックル)間欠泉 英語のガイザーと言う単語の
語源 かってはゲイシールの方が巨大な噴出を繰り返していたが 
現在はストロックルが主役となり 4~5分に一回は噴出します

噴出直前に水面が膨らみ青白い球状になる瞬間を捕らえました!

右は昔のゲイシールの写真か絵か?

近くを流れる川でも80~100℃とは・・・

鏡に向かっていつもの写真

このレストランのビュッフェが美味しかった

嫌われ者のルピナスは1945年にアイスランドに持ち込まれる
道路脇に植えられ土壌侵食対策で導入 いいではありませんか?
野生化して在来の苔を脅かすからダメ 現在新しい包装材として
和紙のように使うべく研究しているそうです
花が下から上へ向かって咲きあがる「ノボリフジ」とも呼ばれる

「グトルフォス滝」にやって来ました しぶきがすごい!

20世紀初頭 外国の投資家が水力発電所の建設を計画するも
シグリズルという少女が 滝に身を投げ入れると訴え抵抗します
後のアイスランドの初代大統領となるスヴェイン・ビョルンソン
弁護士の助けもあり 結果は白紙撤回 グトルフォスの所有者が
政府に権利を売却することで落着 その女性の記念碑があります


黄金の滝 落差32メートルの二段構え 轟音としぶきの嵐


もう 滅茶苦茶でごじゃりまするがな・・・って分かる人いますか?
確か花菱アチャコ師匠の決め台詞だったような・・・

こんなところにも 添乗員さんはプロのカメラマンなのです
一番上の展望台までやってきました


妻が言っています 南米イグアスよりスゴイと!

シグリズルよ 本当にありがとう「グトルフォスの守護者」です

夏の風景

冬の風景 冬でも完全には凍らないそうです

船に戻る途中 午年の康子に馬が・・・髪の毛が特徴です
ホースキャンディーをあげるため 馬に掌をなめられ・・・ 

「アイスランドホース」とは?
ヴァイキングたちがアイスランドに移住をした9世紀後半から10世紀
前半 船での移動に耐えうる背の低いしっかりとしたあまり大きくない
種類の馬が この地に連れ込まれ 独自に繁殖しアイスランドホースに

毛が厚く アイスランドの強風に耐えられる馬体を持つ彼らは 多種の
交配が無かったから純血のままできている 世界的にも珍しい馬だそう
(西暦982年 アルシングで 他の馬の輸入を禁止する法律を制定)

ポニーと言うと地元民から叱られるとは 現地ガイドさんの言葉です

ヘアルーム・カプレーゼ(私)(トマト・チーズ・バジルのサラダ)
マッシュルーム・アランチーニ(妻)(ライスコロッケ)
オーブン焼きタラのフィレ(私)

ラザニア(妻)アマルフィ(私)
(ビスケットとレモンクリーム・ムース バニラ)

本日のショー「圧巻の歌声と多彩な演奏」アンガス・モンロー
驚異的な声域と言うが 胴長短足でへそ出しではルックス✖

<13日目 7月8日(水)曇り>終日航海 フォーマルデイ
本日は プリンセスクルーズ・リピーターパーティーがありますが
我々には無関係で夜のシアターだけが楽しみです

周囲がごちゃごちゃしているので背景無地にしました
果物&野菜の彫刻を実演してくださいました

クラシック・シーザーサラダ(私)(レタス・クルトン・チーズ)
シーフードカレー(妻)(エビ・ホタテ・白身魚・ジャスミンライス)
モンゴル風野菜炒め(私)(玉ねぎ・豆腐・ナッツ・パプリカ・
ほうれん草・マッシュルーム・キャベツ・大豆もやし・たけのこ)?

舞台がどん天する直前 ビックリする瞬間を撮り逃した 残念!
最後に現れた二人 実は夫婦で 赤ちゃんが間に写ってました

<14日目 7月9日(木)晴れ>終日航海(北大西洋)

マジパン細工デモンストレーション

出来たのがこの作品・・・あまり意味のない時間でした

本日のシアターは「ロック・オペラ」ハイファッション衣装と
ロック&オペラが融合した華やかなショー 16:00から3回も
皆さん暇を持て余し 16:00回超満員フルシート締め切りです 
我々そっと入り込み 2階の一番奥で立って鑑賞

ディナーはスイカとフェタチーズのサラダ(私)
ベジタリアン・ムサカ(私)・・・一番大好きなギリシャ料理
写真忘れてしまいました  アルウェン・パイ・セシル(私)

シアターの19:30の回は是非とも前の席でと敢て2番目の席

前の人の頭が邪魔ではありますが 迫力は充分伝わりました
2階後ろの席での鑑賞とはまるで別物でした!

<15日目 7月10日(金)晴れ>終日航海(ケルト海~英国海峡)

料理人によるコミックショーが終わりました

エストレヤダイニングに入ろうとしたら我々の写真が飾られている
何で人前に晒されるの?我々が一番でシャンパンタワーに参加した
から? いや違いました 我々のメダリオンに反応するのだそう!
各人のメダリオンに その人の写真が反応して現れるのだそうです
「買ってください」と最後のアピールなのでしょうか?

11:30乗組員フェアウェルパレード キャプテン登場

記念写真も撮れました(添乗員さん撮影)

16階の甲板に出ると スクリーンに「美女と野獣」が上映中
アイスクリームを食べながら 最後まで鑑賞しました

お客様と乗組員の「積み木崩し」
本日は最後の機会ということで 昼食を抜いて15:00からの
アフタヌーンティーに スコーン他次々と出てくるので満腹です

すぐ夕食です
ベジタリアン・ジャンバラヤ(私)(ロースト野菜とクレオールライス)
プリンセスでは滅多にないことだが美味しくない一品を選んでしまった
バノフィー・パイ(私)(バナナ バニラクリーム キャラメル)

レストランでの料理担当者のお別れ会
皆さん 本日のシアター「エルトン・ジョン物語」が気になっています
最後まで見ずに退散

出演は あのアンガス・モンロー 胴長短足です 30分で切り上げ
何しろFIFAワールドカップ・サッカー スペイン対ベルギー戦が
これを見ずして何がアンガス・・・私 スペインファンなのですから

<16日目 7月11日(土)晴れ>サウサンプトン(英国)

妻がなかなか覚えられなかった偶数部屋奇数部屋はこの標識でOK
奇数部屋はODD 偶数部屋はEVEN

港で下船し ロンドン市内へのバスの途中休憩で 変な植物に注目
セイヨウトネリコの可能性が高い 欧州原産の落葉高木で 画像に
写る多数の細長い物体は この木の実(種子)で秋になると茶色く
熟し プロペラのような羽根を使って風邪で飛散するそうです 

市内大渋滞を抜け いよいよ大英博物館 無料ですが予約必須と
入口は 2019年のときと同じでした

左:イースター島のモアイ像「ホア・ハカナナイア」
  1868年英国海軍が持ち帰った 島の代表団から返還要請あり
右:カナダ・ハイダ族のトーテムポール(1850年頃制作の本物の
  木彫り彫刻で グレートコートに展示) 集合場所に利用される

前回はここに入れなかったので大感激でした
1857年完成の図書室(ルーティングルーム)は カール・マルクス
マハトマ・ガンジー ヴァージニア・ウルフなどが利用したようです

この人が大英博物館誕生の大恩人なのですとガイドされた

1753年 新しい博物館の建設を条件に 自ら収集した8万点以上の
蔵書・手稿・版画・硬貨・印章などをイギリス政府に遺贈 現博物館の
所蔵品の基礎となった
そのコレクションは 大英帝国の奴隷貿易と密接に結びつき スローン
一家が植民地ジャマイカの砂糖農園の奴隷を搾取・収奪した物だとなり
現在のラベルには「収蔵家・奴隷主」と付加されている

18世紀英国のアーティスト メアリー・デラニーの植物コラージュ
彼岸花科の「シー・ラッパ水仙」

是非触ってくださいとのロゼッタストーンのコピー 何代目か?


  これが本物 周囲に見物人が大勢いて撮影が大変でした
同じ内容の文章が 神聖文字(ヒエログリフ)民用文字(デモティック)
古代ギリシャ語で書かれており 解読競争が始まります
フランスのシャンポリオンが解読したこの石碑 決して珍しい物ではなく
今日の政府文書と同じように 広範な配布を目的として大量生産された

背面の字からラムセス2世と判明したのです
90歳近くまで生き 200人の妻との間に100人以上の子をもうけた

ラムセス2世の息子カエムワセト王子 右 ファラオのツタンカーメン像

大英博物館ガイドの久美子さん 説明VERY GOODでした
2時間の予定が バスの到着が遅れ 30分短縮 されました
あと30分で どこをどう説明されたことか・・・

古代アッシリアの宮殿を守護していた 巨大な人面有翼牡牛像
「ラマッス」人間の顔 牡牛の体 鳥の翼を持つ 正面からは
立ち止まっているように見え 横から見ると歩いているように
見えるため 足が5本あります
注意:右の写真を何枚も写すがぶれてしまい 他所から転載

弓矢の端っこにライオンが!こんなこと誰も説明してくれなかった
こんな古代に車輪があった 何たる高度な文明があったことか!
アッシリア王のライオン狩り BC645~635年頃に製作

ルーム18 パルテノンギャラリーの解説書を持つ一般人

イギリスのミシェル・ドネラン文化相は2023年1月 大英博物館に
展示されている古代ギリシャの大理石彫刻について 「イギリスに所属
するものだ」と発言した

左:パルテノン・フリーズ 前438~432年頃
  大パナテナイア祭の行列 神々が人間より一段大きく表されている
  ヘラ・ゼウス 女神アテナの誕生を祝うために集まった神々と
  祭礼の準備をする人々


右:運命の三女神の一部 エルギン・マーブル 古代ギリシャ彫刻家
  フエイディアス 紀元前5世紀の最高傑作の一つ  
  19世紀当時の外交官エルギン伯爵トマス・ブルースが剝ぎ取って
  持ち帰ったもの ギリシャは返還を要求中                  

何で首が無い?説明されましたが私は別のところに走っていました

首が無い理由調べてみました(ガイドさんとは違うかも)
1,一般的な原因は破損
2,古代ローマ人は意図的に彫像を破壊することもあった
  古代ローマ議会では 「記録抹殺刑」で首落としがなされたと
3,美術商がわざと首を落とし「頭部が無い像」「体が無い頭部の像」を
  分けて売った方が高値で売れる

セレーネの馬の頭部 紀元前447~433 月の女神セレーネの馬車を
引く馬の姿 馬は一日の仕事を終え 地平線の下に沈んでいく疲れ果てた
様子を表現 なぜかその馬が大人気 鼻の穴がいいと

裏側からの写真は初めて(裏側も観察できるように配置されている)


エジプトの巨大なスカラベの彫刻 甲虫(タマオシコガネ)
太陽神ケプリを表わす

大勢の人間を削除したら添乗員さんだけ残りました
一番最後から迷子が出ないか心配されていたんですね

「ピラネージの壺」 大理石の巨大なクラテール(古代ギリシャの壺)
18世紀に製作された ローマ近郊のハドリアヌス別荘で発見された
古代の断片を組み合わせて造られたもの

これは紀元前1350年ごろの古代エジプト王朝の官吏メムバンの
墓から発見された「庭園のフレスコ画」と呼ばれる壁画の断片

中央 上記と同じ出土の品 宴会の席で食料や飲み物の供物を受け取る場面

今回はミイラの撮影はカット

「フネフェルの死者の書」のパピルスの一部
紀元前1275年頃の作品で古代エジプトの新王国時代に作られた
冥界の神オシリスの前で 死者の魂が裁判を受ける様子が描かれる


プトレマイオス朝時代(紀元前305年~前30年頃)の「タシェリト
コンスのヒュポケファルス(頭敷)」ミイラの頭の下に敷かれた円盤状
の魔法の護符で 死者に新しい生命を与えるための「死者の書」内に
刻まれている 亜麻布と漆喰で作られており 中央には神聖な雌牛の
姿やその他の古代エジプトの神々が描かれています

左:古代エジプトの女性神官「ヘヌトメヒトの外棺」
  鮮やかな金箔で覆われ 胸元で腕を組んだ姿が特徴的で
  世界各地で開催されるエジプト展などで展示される有名な遺産
右:紀元前680年頃の古代エジプトのファラオ タハルカの
  スフィンクス ギザのスフィンクスよりかなり小さく長さ73cm

「バビロニアの世界地図」と呼ばれる紀元前600年頃の粘土板の
レプリカ 中心にバビロン市が描かれている 地図の周囲には楔形
文字が刻まれていて 神秘的な地域・場所について描かれていると

この「ウル王朝のゲーム」はガラスケースに入っていて
光の乱反射でどうしても撮影ができなかった一品 
ゲームの利用方法も判明し 今ではお土産に複製品として購入可

折角イギリスポンド特に硬貨を沢山持ってきたのに バスのリュックです
あああ すこしでも寄付したかった 残念!

見事な添乗員さんの撮影

1066年ウィリアム征服王時代のタペストリーがロンドンに
初めて来ると 10万枚のチケットが則完売とBBC放送で・・・
ただし時期が9月 大英博物館でとのガイドさん説明でした

「バイユーのタペストリー」の特別展のポスター
この展示はフランスからの歴史的な貸し出しです
1066年のヘースティングスの戦いとノルマンディー公
ウィリアムによるイングランド征服を描いた 長さ70mの作品


  2019年の時も今回も 鑑賞できなかった日本美術 それが
  日本へやってくるのです 上の「百花繚乱」です もうすぐです

昼食 フィッシュアンドチップスだけは食べたくなかった
飲み物料金を見てビックリ 1ポンド213円相当

最後の宿泊ホテル「ヒルトン・ロンドン・バンクサイド」

我々はヒルトンバケーションクラブのエリート会員なので
コンシェルジュに交渉 バスタブ付きの部屋はありますが
全部スイートルームになりますということで あきらめ!

さすがヒルトン とても美味しかったのですが 昼間の
フィッシュアンドチップスの完食が効いてメインを残す
最後だからとアイリッシュコーヒーを頼みます
前回のMSC(ヨットクラブ)クルーズで飲んだ物より
アルコール度数40度は高過ぎます!

今夜はFIFA ワールドカップサッカーが20:00
ノルウェー対イングランドの放送があります 必見です
試合は延長戦でイングランドの勝利 ホテル内スポーツ
バーを覗くと バー内にテレビが4台 超満員でした

私は黙っていましたが 最初の90分は1:1ではなく
ノルウェーのゴールが ゴール前の押し合いが反則に
取られたことでノーゴールとなるというミスジャッジを
生みました  ゴールこそ認められるべき!ノルウェー
が2:1で勝利でした 

航海中一番の試合は7日のスペイン対ポルトガル戦です
スペインが1:0で勝ちますが 負けたポルトガルの
クリスティアーノ・ロナルドの寂しい顔が忘れられない


<17日目 7月12日(日)晴れ>帰国便
04:15モーニングコール
05:15ホテルのロビー集合 空港までバス超順調

   この橋を渡り空港へ 2019年の時には修理中で
   あったビッグ・ベンも 2022年には修理完了と

09:25ブリティッシュエアウェイズで帰国の途へ

今度こそはスムースに帰国できると思っていました
空港到着から飛行機出発まで3時間もあったからです

我々夫婦が搭乗口で待っています ビジネス客10名は
既に乗り込んでいます そこへ添乗員さんと女性2名が
青い顔をして来られました またもブリティッシュ側の
いじわるとしか思えない事件が起きていました

女性2名の発券手続きができない どうも出発時の
ルフトハンザとの連携ができない? 当方では無理
あとはルフトハンザと交渉してくれという内容・・・
添乗員さんの奮闘で 最終発券手続きができたのは
搭乗時限・発券時限の3分前だったそう・・・・・・
(これ以上詳しいことは分かりません)

15名と添乗員さんが乗り込んで ようやく出発です

これでは終わりません 今度はエコノミー席の私の番
我々3名の前の座席に座る黒人(男1 女2)が順次
座席をフルダウンさせてきたのです 突然のことです
私はすかさず「ノーノー」と言いながら とにかく
座席をゆすり続け強引に戻させます 元に戻しますが
再度フルダウンし 睨んできます 私は負けません!
再び強引に戻させたところで 自称日本人のYUSA
という男性CAが来て 第一声にビックリしました

「前の席の方が席を下げるのは その人の権利であり
あなたが断る権利はありません もし狭くてきついの
でしたら あなたも下げればいいのです そのために
リクライニングの機能がついているのです それと
私は 先頭の席への交代を提案しましたが あなたは
断りました(その席は赤ちゃんがギャーギャー泣いて
その母親がおっぱいをやっているという最悪の席)」

「あなたのいままでの行為はハラスメントに該当し
会社の方に氏名を添えて報告させていただきます」と

「航空規約とかに記載がありますか?貴社の規約に
文書で書かれているのなら見せてください」と迫ると
「それはありません」と

そこへ女性の上司らしいCAが来られて 周囲の席を
見渡し 黒人3人の席とその前の席(アジア人らしき
女性ひとりと女の子ひとり)の交換を交渉してOKを
得て 交代となり治まりました

これらの経緯を興味深く見ていた周囲の人々は 事後
あなたの方が正しいと翻訳機能で聞いていたのかも?
ニッコリ微笑んでくれたことは良かった

前の席に移動した黒人3名 自席は半分だけを下げて
フルダウンは止めていました 少しは反省もしたのか
それとも 後ろの席がおとなしいと言われる日本人で
何も言えないだろうと フルダウンさせたのか 特に
ボディーオロゴンのようないかつい男は怖かったけど
目を合わせないようにしていました

yusaCAは「日本人なら一声かけて下げるけれども
外国人には それは一切通じません どんどん権利
主張の世界になりますよ」と言うけれども 待てよ
日本人の習性を良いと思っているのなら何故それを
広めようとしないのか?

本人が日本語アナウンスも担当している その次に
「この便は夜間の飛行になります お互い少しでも
楽に眠れるよう 一声かけあってリクライニングを
利用 譲り合って空の旅をお楽しみください」と
言えないのか? ブリティッシュエアウェイズから
良いことを始めればいいのではないのでしょうか?

私は ブリテッシュエアウェイズのホームぺージに
ある「不平・トラブル」のコーナーへ帰国後すぐに
投稿 4日後には返事があるとありますが 現状は
まだ返答がありません

何はともかく無事帰国出来ました
機内でゴホンゴホンと咳き込んでいた人が斜め後ろ
にいて もしかしたらうっつたのか風邪でキツイ!
日々です 何しろブログだけは仕上げようと・・・
本日7月17日23:00何とか校了あとは妻が
誤字・脱字をチェックしてくれます

最初から最後まで 波乱万丈の旅行でしたが
添乗さん大活躍の旅 本当にお世話になりました!
ありがとうございました

追伸:7月22日付でブリティッシュ・エアウェイズの
   カスタマーリレーションズ 浜田氏から回答あり
(要約)
服部様ご搭乗の折、客室乗務員の応対が至らず、大変
不愉快な思いをお掛けいたしましたことを深くお詫び
申し上げます。
本件に関しましては、空港担当部門へ申し伝え、社員
教育の再徹底を指示しております。
服部様におかれましては、引き続きブリティッシュ・
エアウェイズをご利用いただきまして・・・心より
お待ち申し上げております。























































 











 























 












 





































 




















 








































ノルウェー・アイスランド旅行18日間2026前編

今回は「シャンパン ウォーターフォール」一番での参加
次々にツアーのメンバーも続きました

<1日目 6月26日(金)晴れ> 成田から出発?

それなのに羽田空港の祈祷室とは?
イスラム教徒他がお祈り前に身体を清める必要な水場も設けられている
2014年3月30日から国際線出発ロビーで許可を得て使用可能です
イスラム世界の皆さん 祈祷室で「世界平和」を祈り実現してください

次いで成田空港の「一風堂」でラーメンを ほとんど外人さんでした
玉子白丸が1,100円 玉子赤丸が1,230円でした
羽田から成田までの直通バス(3、600円)は 会社負担とのこと

とんでもない事態が発生
ロンドンまでのブリティッシュエアウェイズ便が 機材の不具合等で
欠航と! 当日の午前1時にメールが入っていた添乗員5時に起きて
そのメールを見てビックリ! 会社の関係者に連絡し対応を依頼する
各航空会社に連絡しようにも9時か10時でしか通じない状況でした

ブリテッシュエアウェイズ側からは 当日の深夜に便を手配したので
問題はなかろうというものだったとか
それではサウサンプトン港からの船の出港に間に合わないのです!!

結局 総員15名が2班に分かれ 我々は成田空港に行き そこから
タイ航空でバンコク経由ロンドンに もう1班は羽田からANA夜便で
フランクフルトへ そこからビジネスが確保できないのでエコノミーで
ありますが ルフトハンザ便でロンドンへということになりました

皆さん紳士・淑女なのか誰も文句を言いません
私だけは ブリテッシュエアウェイズの責任は無いのでしょうか?と
問うも 添乗員さんからは時々あることで 航空規約上責任は問えずと

そうそう この事態でキャンセルしても キャンセル料はないとのこと
一人旅の女性が キャンセルを申し出て 帰宅することになりました
(でも会社からの電話で考え直し 再び参加ということになりました)

本日は空港には11:00集合 私は9:30空港に到着していました
航空会社の受付開始が10:00で夫婦で並び席を確保するためでした

これから成田までバス 17:25タイ航空出発までどうする?
この時点では 
ANAで行けて羨ましい 我々は貧乏くじだと思っていました・・・
ANAチームは多分全員がビジネス 我々のチームにはエコノミーが
3名 ビジネスが4名(この4名がANAではなく気の毒でした)

<2日目 6月27日(土)晴れ>プリンセス号に乗船
本来はロンドンに到着し ルネッサンス・ロンドン・ヒースローの
ホテルでゆっくりできたはずでした

バンコクの空港で ヒンドゥー神話の「乳海攪拌かくはん」という
場面を表現していると 神々や阿修羅たちが蛇の王ナーガを綱にし
海をかき混ぜている様子だそうですが 思わず見とれていました!

実際は 17:25成田発 21:55バンコク着 6時間半
    東京との時差が-2時間

実際は バンコクで2時間余待合いのあと深夜12時間かけて
ロンドンまでの長旅 ロンドン到着現地時間 7:00でした
余談ですが 窓側の私の隣席若い女性が 一度もトイレ休憩に
行かない なんということなのでしょう もうビックリでした

ロンドンのヒースロー空港では 極めてスムースに入国できて
少々ビックリ! UK入国のパソコン手続きを個人で実施して
昨年から バリ島 台湾と3回目ではありますが やはり不安
でした

ロンドンの空港で2時間ほど後発チームを待つことになりました

軽食(会社負担)の最中に とんでもないニュースが飛び込んできました
ANAチーム乗り継ぎのルフトハンザ便ですが ドーバー海峡のサンダー
ストームで 空港周辺を何機も旋回中と 予定した便を変更するしかない
そうなると 船の出港には間に合わず 会社内でも検討中ですと・・・

我がチーム 私以外の6名も疲れ切っています 
船へのバスを待つ各人の背中がお疲れです

バスで2時間半 何とかスカイ・プリンセスに乗り込めました
2年前の同コースでは乗船前に「タイタニック博物館」に寄り
なおかつ周囲の街散策をしてゆっくり乗船した記憶があります

何はともあれ ソフトクリームをゲット!
勝手知ったるプリンセス号 造りはどれも一緒です

16階のビュッフェにて昼食を 波はほとんどありません
夕食ディナーです

クラシック・シーザーサラダ(妻)プリンセス・シーザーサラダ(私)
オーブン焼きナスのパルミジャーナ(妻)

牛肩バラ肉の赤ワイン煮込み(私)ピスタチオ・ラブボート(私)
フレンチ・バニラビーンズ・クリームブリュレ(妻)

本日のシアター イマイチ!
                   <今回のツアーの航路>

船は 16:00 ノルウェーに向けて出港
これから14泊15日のクルーズの旅が始まります

テレビのBBC放送:ヨーロッパのデッドリー・ヒートウエーブは
ドイツレコードをブレイクした そして公共のイベントを止めると

また デンマーク・ドイツ・チェコのレコードはホッテストデイを
記録したとか・・・連日の猛暑を放送していました

<3日目 6月28日(日)晴れ>第一回フォーマルデイ

朝一で朝食会場のレストラン「エストレヤダイニング」へ

いつもと同じ服装で 違っているのはメダリオンの色です
プリンセスクルーズも4回目 初回ブルー 2~3回目ゴールド
4~5回ルビー 6~15回プラチナ 16回以上エリートと 

キャプテン挨拶&シャンパン・ウォーターフォール
その前にシャンパンが振る舞われます 4回目にして初めて知りました
無料だったのです!!

キャプテン挨拶と プロのカメラマンの撮影場所を撮影
我々のシャンパン・ウォーターフォールも撮影(1枚20ドル)

自分らのカメラで写したもので十分なのかも?

本日のシアターは「歌姫によるブルース・ロック・カントリー融合」
写真は無し 本日もイマイチでした

<4日目 6月29日(月)晴れ>ハウゲスン ANAチームと合流

ハウゲスンの港 本来プリンセス号は途中からの乗降を認めていません
今回は例外として認められたのです(会社のされた努力が分かります)

ANAチームは フランクフルトからベルゲンに飛び そして本日合流
こちらは船に乗船し 一日中航海 ベルゲンでの終日が圧倒的にいい!
ベルゲンとは「アナと雪の女王」の舞台に選ばれた最高の舞台なのです

ANAチームに急遽添乗することになったHさん
(後日判明しました 添乗ではなく「センダー」という役目と)
金曜日に出社したら 突然添乗を命じられ 何も持たずに合流
お化粧道具も持たずと聞いていましたが ちゃんとリュックと
スーツケースも持たれていて あれ?

ANAチームにとって正に救いの神 どれだけ心強かったか!
彼女自身 泣きたいくらいの現場だったのでしょう あとから
ANAチームの皆さんから逐一聞くことができました

ハウゲスンの古都散策 古代ノルウェーの中心港町
ノルウェー王国誕生の舞台 ハーラル美髪王が周辺勢力を統一した地と

ニシン漁の衰退も 北海油田の発見で 再び蘇った町です
参考:北海油田の権利はイギリスが半分 ノルウェーは4分の1です
   ノルウェーは 豊かな漁場 そして油田をオープンにしないため
   EU未加盟なのです 国民投票で2回も未加盟に投票されました 

我々の散策に合流できたANAチームは2名 残りの6名は船で静養!
7時前にベルゲンからバスで2時間半かけて到着 合流できて安堵です

何のことは無い花 左はセアノサス 右はアトリウム

市庁舎がメインだそうですが 今日は月曜日 中には入れないの?

メインストリートのハラルズガタ

本日のディナーレストランでは ANAチームの信じられない経緯に
ビックリ 何人かに幾通りか言われるので私なりに調べてみました

6月26日 羽田21:40発フランクフルト着6月27日5:20
そこから 当初10:40 14:40 21:00と3班に分かれ
2時間5分でノルウェーのベルゲンに向かう手筈でした
当初のルフトハンザ便は既述のとおりサンダーストームで欠航します
ところが 欠航になった便の荷物はロンドンに行ってしまうのです
慌てて荷物回収 なんとか最終便でベルゲンへ 23:05到着予定
(後日に修正あり:実際の出発は21:50 深夜1時頃到着と)

空港に到着するもバスが来ていません 何と添乗員さんのスマホが
どうにかなっていてバスと連絡できず ようやく連絡できたようです
深夜2時頃にホテルに到着 皆さん死んだようにぐったりだったそう

 
      でもでも6月28日は ベルゲン市内を自由散策
      (ガイド付きで 世界遺産ブリッゲン地区を観光)
      ベルゲン市内を見渡す展望台からの景色いいなあ!

シアターは「ザ・トロールメン」によるライブ イマイチが3日間です

<5日目 6月30日(火)晴れ>ショルデン

未明より船はノルウェー最長(205㎞)最深(1308m)の
ソグネフィヨルドを航行 私は3時前から甲板を歩き回りました

誰もいませんでした 最初出会った人に 写真を撮ってもらいました

妻を呼び寄せます

私のボロカメラが少々凍り付いていました

朝食はいつも美味しい

最奥のショルデン 幅250m 狭い!
その昔 イギリスなどに氷を輸出していたが 現在はリゾート地

ウルネスのスターヴ教会(1130年建築) 世界遺産(1979年)
長子相続を外れた次男・三男はヴァイキングになるしかなかったと

注:9世紀から11世紀頃には 遠くイタリアやフランスまで遠征した
  ヴァイキングを生み出し 第二次世界大戦以前には米国に多く移民
  今でも約450万人のノルウェー移民とその子孫が米国の中西部を
  中心に生活している 現在 米国内のノルウェー系米国人の人口と
  ノルウェー本国の人口はほぼ同数とされている

ヴァイキング時代後 キリスト教・文化を吸収した後裔たちが伝統の
木材や造船技術で作った円形柱材(スターヴ)を立てて 金具未使用
壁に厚板 天井はヴァイキング船の骨組み 屋根は木片の瓦 全体を
タール塗りで当時は充分でした スターヴ教会としては現存28ヶ所

祭壇画はマリアとヨハネを付き従えて十字架に掛けられたキリスト
倒壊を防ぐため 現在では金具やかすがいで修理していました

ウルネス村到着後 木造教会までは坂(距離800m 高低差68m)
なのですが15名乗れるミニバスを手配でき まん前に到着できました

船に戻る前 バイキング時代の船があるということで見物に

船に掛けられたネーロイフィヨルド最奥のショルデンの村のパネル
300名の住民に対し 船からの3400名が一気になだれ込みます

本日のシアター「歌姫ベスジエンナ・ウィリアムズによるライブ」
再登場ですが 今回の方が良かった

<6日目 7月1日(水)曇り>オルデン

港町 世界有数のタラの漁獲量を誇る
オルデンの旧教会と新教会を巡ります

U字谷が見事

旧教会 1700年代の建物 木材で建てられて 昔は14世紀からの
古いスターヴ教会として使われていたと地元で信じられているそうです

右の写真は教会の裏のお墓 首から いったい何をぶら下げている?
カメラ メダリオン そしてイヤホンガイド 大変なのです

向こうの方に新教会が見えます 我々だけ向かいます

新教会の直前に広がる川の素晴らしさ

教会前にいた人々は削除機能で消してあります

扉の取っ手が面白い

教会の裏手を歩いていて 川にかかる橋を発見 行くしかない!

砂利道は徐々に狭くなり 戻ろうかな?と思ったら

橋の上に釣り人が 


渡りましたが 川沿いに歩いていても 元の対岸に渡る橋が無い
それにしても氷河から溶け出した水が作り出すエメラルド色は見事

先を行くアベックを信じてついて行きました 橋です 万歳!
遠くに新教会 そして船もかすかに見えます

ホッとしてのアイスクリーム 部屋に持ち帰り

夕食 私の分だけ撮影
スパナコピタ(ほうれん草とフェタチーズのパイ ギリシャ料理)
アトランティックサーモンのシュリンプクラスト焼き
(エビをすりつぶしてパン粉と混ぜ魚の表面に貼りつけて焼く)
砂糖不使用ストロベリー・ナポレオン(ナポレオンはミルフィーユ)

本日のシアターは再登場「ザ・トロールメン」と聞いてパス
プリンセスに乗って初めてシアターをパスしました 興味無しです

今回のツアーでは 出発時に2チーム分断があり  特にANAの
チーム8人はあり得ない経験をされたことで ものすごい結束力が
生まれ その結果食事でも 2チームに分かれ なかなか一体化が
実現できなかったように思います どうも最後まで尾を引きました

<7日目 7月2日(木)曇り>オーレスン

部屋にいながら 船の操舵室からの風景をTVで見ることができます
本日の日の出:03:44 日の入:23:33

ジグザグの階段を418段登ると展望台がありますと

展望台からの景色「アールヌーヴォー都市」の全貌
418段は無理でも バスで裏手から登れるようです

美しい街並みですが 1904年の大火災で850軒消失
ただしフィヨルドの大ファン ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の多大な
支援もあり2~3年で再建された
右の写真中央の建物は「アールヌーヴォーセンター(元薬局)」

花屋が多い 左からカンパニュラ・アルペンホワイト149r 
ユーフォルピア169r センペルビウム

大火災当時の写真

スーベニアだそうですが 気味悪く 買う気になりません

昔ながらの映画館(現在 国家遺産)と 右はオーレスン市の紋章

アールヌーヴォーセンターに入ります タイムマシーンがあります

大火災時のコーナー 支援者のヴィルヘルム2世ご夫妻

この一枚 「孤高の神絵師 渡辺省亭(わたなべせいてい)」の
絵があってビックリです 歌麿などの浮世絵も展示されていて
浮世絵がアールヌーヴォーに相当な影響を与えたことを実感!

アールヌーヴォーの世界でした
別館の美術館もあるというので覗いてみました

スウェーデンの画家タイラ・クリーンによる「失楽園」「恐怖」

ちょっと不気味なので退散

プリンセス号に戻り 一番気に入った作品で 後味の悪さを払拭です
この画像は 水中撮影されたファンタジーコンセプトのストックフォト

本日は船内の有名なレストラン「サバティーニ」への招待

グアッツェット・ディ・コッツエ・エ・ガンベリ(妻)
ムール貝とエビをトマトと白ワインのスープで煮込んだイタリア料理
ブッラータ・エ・プロシュット・クールド18カ月熟成(私)
18カ月熟成の生ハムとプラッターチーズの組み合わせとトマト添え

仔牛のスカロッピーネ マルサラソース(妻)
仔牛のフィレ肉とシャンピニオンをマルサラ酒で仕上げ ほうれん草添え
スズキのフィレとアーティーチョークのフリット(私)

サバティーニのティラミス(私を引き上げてという意味)(妻)
クラシック・シチリア風カンノーリ(伝統的な揚げ菓子)(私)

詳しく説明できているようですが すべて添乗員さんのメニューの
日本語翻訳版があるからです 毎日毎食の翻訳版はありがたかった

本日のシアターは エドウィン・トッドのモダンメンタリストマジック 
ビックリして2回見ました 最後トランプのP A N DそしてA!

<8日目 7月3日(金)曇り・雨>終日航海 第二回フォーマルデイ

部屋のベランダから朝日を見る 日の出は03:40
航海中 日の出は気になっていて 毎朝見ていました

ツアー客のご夫妻の見事なダンス(失礼ながら顔はぼやかしています)
妻がビデオにとり ご夫妻にプレゼント

イカのフリット(私)ラム肩肉のプロヴァンス風ロースト(妻)

ビーフ・ストロガノフ(私)ソテーした牛肉の細切り 卵麺他
デザートはムースケーキ(妻)とチーズケーキ(私)

砂絵で物語を描くサンドアートショー 於:ビスタラウンジ
ロシア美人? 「少年の世界を巡る旅」を幻想的に演出します
正確には ウクライナから英国へ来たカセニア・シモノヴァ

「アラウンド・ザ・ワールド」は 小さな男の子が家から広大な
世界へと旅に出る物語です 旅の途中で友達に出会い成長し恋を
見つけます もちろん長い旅の間 彼は様々な場所をのぞき込み
素晴らしい景色や脅威を目にします

富士山を書いた瞬間 日本だあと感激!

見事な指さばきで最後にプリンセスと書き 拍手喝采!!


ジャズ演奏

本日のシアターは力強い歌声 VIBE空気感だけはすごい
アレサ・フランクリン ティナ・ターナー ホイットニー・ヒューストン


明日からはアイスランド上陸です!
この国名にはユニークなエピソードがある 9世紀ごろアイスランドに
移住したヴァイキングが 実は緑豊かなこの土地から侵入者を遠ざける
ために「氷の大地」と名付けた そして惑わせる目的があったのだろう
さらに北に位置する 大部分を氷で覆われた大地を「グリーンランド」
と呼んだのだ 本当は名前を交換すべきなのかもしれない































 






































 























上高地・立山黒部アルペンルート・富山の3日間


  上高地 雪の絶景(ウエストン碑の後ろ)

<一日目 4月23日(木)雨・雪>ネイチャーガイドと上高地散策

「明日は旅行だ嬉しいな」と満面の笑み 4月22日(水)

新宿駅8:00発 あずさ5号で松本駅へ

松本駅改札の上に 掲げられた観光名所

改札口を出たら 3.5mのゴジラのお出迎え
松本市出身の山崎貴監督が「ゴジラ ー1.0」で米アカデミー賞の
視覚効果賞を受賞したことを祝って 庄内地区住民が5カ月かけ製作

アルプス口からバスで上高地へ 小雨がパラついています
車中で 自宅からの豆ご飯おにぎり 梅干し・ハム・酢玉ねぎ・茹で卵

上高地到着と共に 雨が雪に変化 ふきのとうも嬉しそう

ビックリです! 「大正池」の名物「立ち枯れの木」が2本だけに
大雨のたびに倒れて水没して このような状態に 見たくなかった

 左の写真は昭和6年(1931) 右は1950年代(転写)

大正池の端っこでは 無残な姿に遭遇 焼岳の沢から崩れた土砂が
絶えず流れ込んで 少しずつ小さく浅くなった もう無理でしょう

雪道を3.2㎞ ゆっくり歩きます

ヤナギと落葉松

「田代池」 池は浅く 水が湧き出ている

散策では 一番の見どころだそうですが 雪でアウト

焼岳からの鉄分で川が真っ赤 でも水は十分飲めるそうです

欄干には 猿のウンチが乗っかっていました

社会人一年生のとき 宿泊した「上高地温泉ホテル」
明神池の山小屋がいっぱいで やむなくここへ来ました

上高地の大恩人としての 英国人宣教師であるウエストン碑があります

明治24年(1891) 上高地にも訪れて 山案内人の上條嘉門次と
共に北アルプスに挑んだ 従来の信仰・修行の山登りから レジャー・
スポーツとしての登山を紹介し広めた「日本近代登山の父」と称される

上高地は 昭和27年 日本で初めて特別名勝及び特別天然記念物に
同時指定されました

マガモが目の前をスイスイと

「河童橋」に到着 周りは外人さんばっかり
橋は1891年に掛けられ 現在は5代目カラマツで出来ています
1927年芥川龍之介が小説「河童」の中で河童橋を登場させ広く
知られるようになった

雪をかぶった奥穂高岳 妻のスマホでは捉えにくいですね
私のボロカメラでは さらにぼやけてしまいます

前は穂高連峰 後ろは焼岳 梓川が冷たそう

ハイシーズンの河童橋

体が冷えてきました 手袋が濡れ 手も痛くなってきました


部屋のテレビに写った映像

私が特に気に入ったのが右 ムール貝とハンバーグと信州うどん

ホテルは 「ANAホリディ・インリゾート信濃大町くろよん」
以前は「くろよんロイヤルホテル」(リーガロイヤルが運営受託)
の名称でした ブランド変更し ANA傘下に入り昨年9月改修
したばかり ビュッフェでの夕食は種類が豊富で 大満足でした

大浴場も露天風呂も満足 雪がちらつく中での露天はいいもの!

<二日目 4月24日(金)晴れ>立山黒部アルペンルート

自室のベランダから

レストランのすぐ横が 「日向山カントリークラブ」

部屋とプール
見てすぐ思い出しました 以前「くろよんロイヤルホテル」だった
時代 私の松本支店勤務のとき プール会員で家族で来ていました

朝の空気が すがすがしい

ホテル内に 黒部トンネル工事の再現ビデオと雪の大谷の
紹介ビデオがあり ブースを二人で独占していました

画面の両側に「破砕帯」の看板が見られます
くろよん建設での最大の難工事と言われる大町トンネルの掘削工事
それがフォッサマグマにより作られる破砕帯との遭遇だったのです
1年半かけての貫通 そして7年かけての黒部ダム完成に繋がった

「雪の大谷」 これで事前勉強バッチリ 最高は20メートルもあった

上は観光パンフレット 下は阪急交通社作成分
アルペンルートは扇沢~立山間37.2㎞です

先ずは9:30 ホテルから扇沢までジャンボタクシーで10分弱

10:00の出発を待つ人 人 人
雪の大谷は4月中旬から6月まで 黒部ダムの大放水が6月下旬から
10月中旬まで この間 特にゴールデンウィークは殺人ラッシュと
なり 個人で回るのはまず無理と考えるべきだとは添乗員さんの意見

関電トンネル電気バスで16分 長野県から富山県に抜けます
途中には「破砕帯」の看板が バスで通ると いまだに青黒く
濡れて妖しい気配がする またここから破砕が起きるのでは?

5,430mに及ぶ関電トンネルのうち82mの破砕帯を突破する
のに7カ月もかかった それは映画の撮影でも同様の山場であった

主演の石原裕次郎(当時32歳)の言葉が残っている
僕は一度死んでいる「黒部の太陽」の出水シーンの撮影事故で気を
失い 何分か何秒かは分からないが その間僕は確実に死んでいた

逃げ場のないトンネルの中に 420トンという大量の水が10秒
足らずで放出されたんだ 一瞬の出来事に 僕もスタッフも逃げる
間もなかった スタッフ4~50人と共に病院へ送られた

病院のストレッチャーの手術台の上に乗せられたとき 先生に煙草
を吸わせてくれと頼み 砂利だらけの軍手をとり 煙草を指で挟み
吸おうとしたら 右手の親指が無かった 後ろ側に 折れ曲がって
いたんだ
それから10本の指先は 全てレールの下に敷いた砕石にこすられ
指紋が全部無くなっていた・・・

トンネルを抜け黒部川第四発電所「くろよん」 標高1,470m

展望台に上れば 大放水を見ることができますが・・・


この大放水は 過去に二度見ています

大放水していないと 何だか地味 ただの人造湖

ダム展望台の上まで行っても意味なしと ただただ歩きます

黒部平までは黒部ケーブルカー 5分で370m上ります

売店では おそばが売られています 大混雑です
我々は 昨日 道の駅でドーナツやらお饅頭やせんべいを購入
これで我慢せよと! クリスタルハートは上級ツアーのはず?
ホテルでお弁当を手配すればいいだけのこと なんで我慢を?

日本最長 立山ロープウェイで7分 大観峰を目指します
ロープウェイでは真ん中に押し込まれ 外が見えません

前の人が降りるのを待ち カメラを構えます

階段100段を上り 展望台から絶景を眺めます
個人旅行の人と写真を撮り合います(妻は下で残っています)

日本一高所を走る立山トンネル電気バスで10分室堂へ向かいます
妻は椅子を確保できました 私はバスの一番前に行きます

遂に室堂です 「雪の大谷」が待っています

眼前に雪山が広がります 室堂の標高は2,450mです
扇沢からは1,000m上ったことになります

雄山3,003mと浄土山2,831mです
立山トンネルは雄山の真下を通過しています

除雪車「立山熊太郎」です
除雪は1月下旬から始まる 作業は道を探すことからスタートし
GPSを頼りにブルドーザーで掘り進め 通常の2倍の吹き上げ
能力の専用のロータリー除雪車等で巨大な雪の壁を切り開きます

今年の大谷は12m 暖冬で年々低くなってきているようです

妻が杖で示しているのは 中国からの黄砂

今年は 一番積もってほしい4mから6mに2カ月を要し残念でしたと
ガイドさんの説明 黄砂は1月と2月の2回押し寄せて来たようです

右は 添乗員さんが写してくれたアングル
添乗員さんは膝まずいて 両足の間にスマホを置き見上げて写します

雄山 大汝山 富士ノ折立を総称して立山というようです

右は富山湾を見下ろしています
富山は本日霧の中 明日は快晴 皆さんラッキーですとガイドさん

最後にもう一枚 雪の大谷を

写真業者に撮影してもらい 一枚2千円の写真は購入せず
試し撮りの一枚だけ無料でいただきました これで十分なのです

室堂まで戻って来ました
スキーヤーは自力で2時間山を登り 2~3分で滑り降りると

雪の大谷ですが 行きは緩い下り坂 ただし帰りがきつい
高さ2、450mでは ゆっくりゆっくり 深呼吸しながら
確かに 胸が締め付けられるような感じを実体感しました

立山高原バスで美女平を目指します 50分かかります
途中の右手 ホテルで宿泊し夜空の星や朝焼けを見るコースが
大人気だそうです ただし 一番初めに埋まり お高いのです

美女平では願掛けの杉を とガイドさんのアドバイスあり
私は健康を祈りました 妻は?
  美しき 御山の杉よ 心あらば
      わがひそかなる祈り ききしや
三度唱えれば 我が恋は成就するという 美女杉伝説ありと
健康長寿や宝くじ当たりますようにという祈りは見当違い?

立山ケーブルカーで7分 立山駅に向かいます

立山駅到着 ここから富山地方鉄道で富山駅に行きます
ところが 今16:00 会社で予約してあるのが17:40発
この間ここで待機と・・・・
駅を出て 駅周辺で喫茶店を探すのですが 3軒ほどある喫茶店も
終了しており どうしようもありません
16:40発に乗れればいいのですが 予約できなかったとのこと
そうであれば 本日の途中で少しずつ時間を余計に消費していれば
こんなこと(待ち時間が1時間40分)にはならなかったのでは? 
それよりも 駅からバスを手配しておけば良かったのでは?

目の前を他社のツアー一行がどんどん通過して駅前からバスで多分
宇奈月温泉方面へ行くのでしょう あまりにも悔しかった

アルプスエキスプレスの2号車貸し切り(ただし鈍行)

このアルプスエキスプレス 西武鉄道の特急レッドアロー号を
譲り受け観光列車用に改造 水戸岡鋭治氏の設計車輛なのです
スマホで調べそれを知って 一気に機嫌を直した鉄子の妻です
アテンダントの女性に知らせ皆さんにご披露 反応はイマイチ

窓のカーテンは すだれ式・・・

1号車と3号車の境には 貸切の札が

乗車時間 1時間の間に外の景色も様変わり
昨日まで富山駅の改札係だった女性が本日から車輛アテンダントに
すっとぼけた超天然の ある面可愛い愛嬌者で皆さんのこわばった
気持ちをほぐして アルペンルート最後の乗り物を楽しい思い出に
変えてくれました 非難ごうごうであったろう添乗員さんもホッ!

私は 最後の旅行アンケートで 思いっきり文句を書き連ねました
会社のリスク管理対応力不足 現地での代替案事前検討など会社側
(クリスタルハート)の不手際・無策を批判させていただきました
だって このツアーは今後も続くのですから 同じ事態(立山駅で
1時間40分待ち)を防ぐには どうすればを考えるべき事案です

例えば 黒部平で30分 室堂で30分自由時間を作るとかです

20時前富山駅到着 ホテルは「ダブルツリーbyヒルトン富山」
部屋に荷物を置き 富山湾鮨の夕食 (上の写真)これだけとは?
我々は 昼食はほぼ抜いたも同然 おなかが空いているのです!
パクッと食べて席を立ちました


  ホテルのお風呂がひどかった 湯船が一つ 外国人であふれて
サウナがあったようですが すぐに飛び出しました
妻も同様だったようで 結果眼鏡をロッカーに忘れてきたようです
受付に電話し業後探しますと約束 この日は連絡ありませんでした

<三日目 4月25日(土)晴れ>富山市内観光

朝食は6:30 5分過ぎたのでレストランへ
ものすごく大勢の方が待合所にいて 結局20分待って入れました
予約受付が1名 食事の済んだ席を綺麗にしてから一人の案内人が
案内 これではスムースに行きません 明らかに対応人数不足です

そうそう 例の眼鏡ですが 妻は6時開始そうそう風呂場に行って
使用したロッカーを調べ 結果無かったので受付に行くと「申し訳
ありません 忙しくてご連絡できませんでした」と眼鏡を出された
たった一本の電話もできなかったのでしょう 何たる対応のまずさ
我々はヒルトンバケーションクラブの会員なのです 会員としても
恥ずかしかった(と言うことをクラブからの利用後アンケートに
回答した) 

旅行客の必須事項であるWIーFIですが有料ですと ビックリ!
ただしヒルトン会員は無料だと 受付に電話して対応しましたが
有料の件は ツアー添乗員から事前に説明しておくべき事項です

バスの車内から
砺波はチューリップの名産地 チューリップフェアの真っ最中と
ただしチューリップの花に栄養が取られる前に花摘みされます 
球根を守る そして来年に備えるそうです
右は「獅子の子落とし像」 近くに木彫刻の瑞泉寺があります

本日は 「庄川峡遊覧船」30分コース

この長崎橋をくぐって戻ります

このコースの延長上に大牧温泉があるようです
船でしか行けない秘境温泉として有名なのです

一度は行ってみたい温泉の一つです

再びバスの車内から 
民家の屋根は雪対策のため 塗料が塗られ黒光りしています 
そして 付近のチューリップ畑は 早々に花摘みされており
道端に花壇を置いておきますよとの小さな心配りだそうです

メディアで話題の鋳物メーカー「能作」本社です
「ガイアの夜明け」「カンブリア宮殿」を見て錫製品に超ビックリ!
(ガイアは2013年と2022年 カンブリアは2019年放送)
錫が曲がるなんて・・・ましてやそれを食器に使うなんて・・・
元は仏具の下請け工場 婿入りした4代目のアイデアで大変貌した


  「踊る町工場」の書物が大好評で 世界遺産バスの
  バス停「能作」ができたほどです

グニャグニャと自由に曲がる錫 そして日本列島

購入した錫のタンブラー2個 名水の里富山のこんこんと
湧き出る 清水を錫のタンブラーでお召し上がりくださいと


4代目の娘 能作千春さんは大学卒業後 神戸市内のアパレル関連会社で
通販誌編集を 当初は鋳物工場なんてとバカにしていたが市内で錫製品を
見て自社の製品と知り 3年目実家に戻り 12年後の2023年社長に

  食器に注目 右はアフタヌーンティー3,000円

 

新工場にレストラン 工場見学プラン 産業観光部を設置し旅行業も運営
結婚10周年の節目を祝う錫婚式ブライダル事業にも挑み 60組成約と
順調(相談者には 千春さん本人が面談しているそうです)

なにしろ今や能作の商品は MOMA、三越、松坂屋などと広く展開して
世界初の錫100%の「曲がる食器」シリーズは世界中を魅了しています

工場は本日は土曜でお休みでした

観光の最後は「富山県美術館」
屋上庭園に出て すぐに見つけたのが 大好きなウ〇コ

美術館内の展示よりも 窓の外に広がる立山連山の眺めがいい

昼食です とても上品で美味しかったです が・・・
昨晩の鮨も この昼食も シニアだから量は少しでいいと考えた?

美術館では ピカソやロートレックの作品がありました

前田常作さんの曼荼羅作品が素晴らしかった

やはり外の方が気になります
昨日 雪の大谷で説明してくださったガイドさんの明日は富山の
立山連山スゴイ は的確であった これほどの景色は最近見ない

人口40万人都市の富山です なかなかに近代的な街でありました
駅前には富山の薬売りの像が立っていて このイメージが強かった

富山駅から上越新幹線 はくたか568号 グリーン車で上野下車
池袋駅からバスで帰宅しました 本当に疲れました
旅行代金は一人14万円 二人で28万円 まずまず合格でしょう

1日目の上高地は 雨が雪になり 雪景色が見られとても良かった
         万歩計13,883
2日目の立山黒部 大混雑と待ち時間の長さに辟易 食事に不満大
         万歩計15,788
3日目の富山市内 なにしろ能作が良かった 立山連山の絶景最高
         万歩計 9,014
                          おしまい

 

 

 

 

 

 




















 





























 

 


























































 

南西諸島クルーズと台湾散策9日間 後編

圓山大飯店の大階段

前編からの続き MSCを下船して台湾に戻り
これから3泊4日の台湾個人旅行が始まります

基隆駅から南港駅まで 7:34発台鉄の自強号に再度乗車
今回は 予約の指定券無しでの乗車でした 着席してすぐに
坐っていた席を予約をしていた人が来たので席を変わります


  8:01コートヤード台北マリオットのある南港駅に到着
 受付で アーリーチェックインがOKとなり すぐに7階の
 レストラン ビュッフェ形式叙日(サンライズ)に行きます

 

 MSCで朝食を食べたばかりなのに 2回目の朝食なのです
 本日の予定は 台湾大学と青田茶館と永康街グルメ探索です

南港駅から台鉄で台北駅へ MRTに乗り換え西門 そして公館駅へ
駅からは歩いてすぐ 国立台湾大学(旧台北帝国大学)に入りました

日本統治時代の1928年3月16日に設立(すぐ創立百周年です)
国外では京城帝大につぐ2番目 全体では7番目の帝大だったのです
当時は主に 日本人の進学先であった
注:「世界大学ランキング」で調べると 東大32位 京大50位 
  台湾68位で 東工大84位であり 相当な難関校ではあります
  主な卒業生には 李登輝 陳水扁 馬英久 蔡英文 頼清徳5人
  の台湾総督 李遠哲ノーベル賞受賞者がいます

ちなみに きれいなヤシの並木道は 日本統治時代に持ち込まれた
日本人が思い描く理想の南国をここに再現しようとしたものだそう

校史館(旧図書館)無料開放の博物館  日本研究中心の看板が見えます

台大の校訓 Integrity Dilijence Fidelity  Compassion
(訳すると順に 誠実 勤勉 忠実度 思いやり)
右 九の帝大の地図 そうそう館には日本語オーディオガイドありと

   ここに李登輝氏や蔡英文さんに関する資料があると
   思っていましたが 知らない人ばかりで疲れました

トイレを探して一階に降りると 日本語文学系研究室が複数あり

おまけのトイレ 男女共用 男子小便器にもドアがついていました

  有名な傳鐘(傳は傳斯年学長のこと)は大学のシンボルで
  「1日は21時間であり 残りの3時間は考える時間だ」と  
  授業ごとに21回鐘が鳴るそうです

売店が沢山あり 大学特製のアイスクリームがあるはず・・・
校内に農学部の農場があり ここで飼っている牛からのものと

台湾で作られている米は全て 磯栄吉(現北大出身)氏からの伝承 
台湾総督府農作物技師として派遣され「台湾蓬莱米の父」とされて
校内には銅像も建てられていると

歩き疲れて(何しろ大学の総面積は3万4千haもあり台湾総面積の
1%を占めるほど) 探すことをあきらめ 先ずは何か飲み物をと

大学と関係が有りそうな カフェに入りました
大学牛乳を飲み 台湾大学気分を味わいました

さて これから 本日の大本命となる 「青田茶館」を目指します
バスはひっきりなしに来ます ただし 目指す「0南」や52番 
109番のバスは来ません あと45分とかの表示が出ています

  少しして907番のバス ドア横に「温州街口」が見えます
急いで手を挙げて乗り込みました でも心配です 自信なしです
妻からは「大丈夫なの?」といぶかしそうな疑いの様子・・・

ところが 次のバス停表示に温州街口と出たではありませんか!
次の師大綜合大樓で降りるべく 下車ボタンを押し下車しました

下車してからは 通り名を見ながら「青田街8巷12号」を見つけ
茶館の看板を見つけてホッ! 予約できなかったので心配でしたが
店に入れました 


 1930年頃落成   戦後国民党政府に接収され台湾大学教授の
 宿舎 その後放置され建物の2/3が崩落 2011年以降修復

店内を若い綺麗な店員さんが動き回っています

趣味のいい店だなあと感心しながら あちこち撮影していたら

MAKE TEAの席に案内してもらえました


  一般的な茶道具一式(地球の歩き方より)

我々が複数の茶葉から選んだ茶葉が茶則に入れられ出されました
中国雲南省のお茶「永徳銀芽」若い芽を摘んだプーアール茶です
この茶葉が2020年頃から非常に高騰し 投機対象となったが
2025年からダウンし 多くの銘柄で値下がりしているらしい

日本人スタッフがいるということで選んだ店でした
担当女性 名古屋の大学に4年間留学 日本語は東京の人に
教えていただいたということで 名古屋弁は出ませんでした

ポットには 台北西の新竹から運ばれてきた水が使われている

茶芸の手順通りの工程を 一つずつ丁寧に説明してくれました
私は 彼女の顔ばかり眺めていたような気がします

石版の上で お湯をこぼしてどうなっているの?右の様になってます


妻は放心状態ですが ちゃんとビデオは撮影できたのでしょうか?
帰国してからは 手順を再現できるのでしょうか?

  本来ここでは 何時間もいられる 後からポットが持ってこられて
  自分らで淹れるのです その証拠に茶壷は残されています 茶葉は
  何度でもOKです せっかち夫婦は さっさと退去しもったいない
  最高4時間滞在可能 実際パソコン持参で来ているお客もいました


購入するのはいいのです あとでちゃんと使い切ればOKなのですが
何年か前の東方美人茶 まだ台所に ほおってありますけど・・・

料金明細   永徳銀芽 NT$1,200(茶則に出された茶葉)
     茶水費  NT$  400(お湯料二人分)
     茶菓子  NT$  150(パイナップルケーキ)
     服務費  NT$  175(サービス料)
     購入茶葉 NT$2,000(お土産の永徳銀芽1缶)
      計   NT$3,925(20,600円)

 満足そうな顔 高いお茶の葉も買えたし ご満悦!
 前回台湾に訪問した際の南街得意(迪化街)よりも はるかに
 本格的で なにしろ お点前の若い女性がチャーミングだった

青田街から歩いて5分の永康街に出ます
実はこの有名なグルメストリート 前回訪れた際に 現金を全く
持たずカードでOKだろうと思っていましたが 結果全く使えず 
悔しい気持ちが いまだに尾を引いていたストリートなのでした

ただし今回 青田茶館でお茶と菓子をいただき おなかも
いっぱいでした 沢山人が並ぶ有名店も 素通りしました

店頭のスタッフに整理券をもらい 電光掲示板に番号が出る方式

せめて 永康街入口にある有名店の「鼎泰豊」で小籠包でもと思って
テイクアウトでの15分待ちを体験します 電光掲示板を見つめます

店の中でいただくためには 道路向こうの新生店にどうぞという訳で
私だけ見てこようと 行ってみてビックリ!何と120分待ちです!
結局こちらのテイクアウトで5個ゲットし NT$140(735円)

小籠包って知ってます?皮は1枚5gでヒダの数は18 餡は21g
皮との黄金比を厳格に定めている 新生店は2020年オープンです

鼎泰豊は1993年ニューヨークタイムズ紙の世界十大レストランに
選ばれたこともあり ミシュランビブグルマンにも選出されています
でもでもです
2025年5月15日 高島屋系列経営で国内29店舗目の鼎泰豊が
池袋東口店としてオープン 今回はビル1棟すべて店舗としています

ホテルへ戻ってからが大変でした
部屋が寒いので 室温を上げるべく頑張りましたが 部屋の調節機は
「COOLでAUTO 23度」から上がらず 7階受付に行き苦情 
事情を話すと エンジニアを行かせますとの回答で 部屋で待ちます 

しばらくすると写真のストーブを持った人が来ます 何たることか!
(浴室を始め さすがマリオットと思っていたのに これは・・・)
再度7階の受付に行き 部屋の交換を依頼 上の階に変更されました

開いた衣服類をバゲッジに詰め込み直し 妻プンプン 

MSCでいただいた VENCHI(ヴィエンキ)のチョコです
毎晩 枕元に一つずつ置かれていたもの 大事に持ってきました

あれ! 今度の部屋も同じで 再度7階の受付に苦情を入れます
食事に行かれている際に エンジニアを行かせ直させますと約束

結果として 23度から24度に上がっていたのでやむを得ず!
本日の万歩計 16,538歩

<7日目 1月18日(日)晴れ>忠烈祠と圓山大飯店

本日も南港駅から台北駅まで台鉄 台北でMRTに乗り換え4つ目の
圓山駅で降車 出口1番からバスで4つ目の「忠烈祠」を目指します

ところがバス停留所が見つかりません
21,42,208,213,247,267,287,646,紅2,
紅3 こんなにあるはずなのに どれでもいいのですが見つかりません
困っていると そばにいたおばちゃんがスマホで調べます そこへもう
一人おばちゃんが出てきてスマホから 向こう 斜め向こうを指します
ようやく見つけました バス4つ目で下車できました

10時が過ぎてしまいました 毎正時に衛兵の交代式が行われます
11時の交代式まで待つことになります

牌樓は拝殿前の門です 高さ10mの三連アーチが特徴です
先ずはトイレ これがすごい! 表に特優級とあるように 大変綺麗

ここから圓山大飯店が見えます ランチが待っています

第二次世界大戦や中華民国建国期の戦死軍人33万人を慰霊するため
1969年建設 圓山大飯店と共に台湾護国神社跡地に立地している

回廊 本殿を囲む廊下 観光客はゆっくり境内を巡ることができます

孫文や 日本との歴史戦の様子が描かれていました

忠烈祠の模型 一番奥に誰かが顔を出しています

本殿(正殿)北京の故宮太和殿を模している

衛兵交代が始まります
衛兵の足下に注目 何やら茶色い謎の線? 
これ長年の衛兵たちによる行進でできた線

衛兵たち 身長178cm以上 所持する銃の重さ6㎏

写真を見て気づきました 妻は杖を銃に見立て 衛兵と並進です

行進が止まり 操槍表演(銃の演舞)が始まりました
衛兵の交代式は16:40が一日の最後 深緑の陸軍 
黒の海軍 青の空軍 三軍は半年交代となるそうです
前回中世祈念堂で見たものより はるかに見応えあり

圓山大飯店のランチが迫っています
粘りに粘る妻を引っ張って大飯店へ急ぎます バス停2つ分です

何と!目の前には大階段が待ち構えていました
私は大丈夫ですが 妻は登れるのでしょうか?

何とか登り切ってくれました この表情で分かりますね
皆さんここまではタクシーかシャトルバスで来られます
歩いてくる人はまれです・・・・
そういえば 圓山駅にシャトルバスが来ていましたね!

席に案内されます JTB申し込み分であり 受付の男性が
ここまで先導してくださいました メニューが渡されました

一品目は「アワビの小鉢仕立て」

時間は11時半過ぎ 窓の向こうに 台北101が見えます

二品目は「モリーユ茸と白身貝 花膠(注)のスープ煮」
    注:大型の淡水魚の浮き袋を乾燥させた中国の高級食材で
    フカヒレの2倍のコラーゲンを含み 爽やかな歯ごたえと
    舌触りが特徴 美容や栄養補給に良いとされている
三品目は「手仕込み牛肉団子 潮州風蒸し餃子 貝柱とイカの餃子」

四品目は「オレンジ香るスペアリブ」

ちょっと間が開いたので 席担当の女性が我々を写してくれました
大ぼけですが 周りの雰囲気は分かりますね 家族連れが多かった


    ホームページから転載 天井に龍が・・・

五品目は「龍斑ハタ 塩レモン風味」
六品目は「貝柱の旨味餡 季節野菜」

最後はどっと 3品がテーブルに並びました
七品目は「マンゴーとタピオカ」
八品目は「季節のフルーツ」
九品目が「とろける胡麻餡の蒸し饅頭」 
順番が違います 何か慌てて出したという感じでした

 隣のテーブルにビックリ!
テーブルの上に水筒を3個も並べ 出されるお茶を移し替えるのです
これだけ正々堂々だと もしかして台湾の食習慣なのかなと勘繰り!

我々も 席担当の女性が 次から次と お茶を継ぎ足してくれるので
料理と共に おなかがガバガバでもうだめ! 満腹を通り越しました

ごちそうさま 食事(一人8,256円)ビール1本がNT$209

ここも台湾神社の敷地跡です
1952年 その跡地に蒋介石夫人 宋美齢の一族により
国賓を迎える迎賓館として建てられたのが圓山大飯店です 
設計は故宮博物院などを手掛けた庸卓成氏です 世界十大
ホテルの称号を得るまでになった

  (上の写真 見る位置が悪く 別角度からの写真を転載)
レストラン金龍庁の前には 台湾神社での焼け残った噴水龍
(元は日本人寄進)金色に塗り直したものが設置されている 
ロビー天井には5匹の金龍も これは5福臨門「長寿・富貴・
康寧(健康)・好徳(道徳)・善終(天寿全う)」を表すと

ホテル全体で龍の数20万匹以上と 竜宮城と呼ぶ所以です

左 サッチャー前首相と李登輝総統 右 佐藤栄作です

これだけ 他の人がいない空間は滅多に見られない

大飯店から劍潭MRT駅まで ホテルのシャトルバスを利用します
13:20発です 13:45までに到着すれば 駅前の新名所の
「台北表演芸術中心」の裏側を案内してくれる整理券が入手できる
できたら入ってみたかったのです

間に合いました 整理券ナンバー7と8を入手できました
2022年オープンのランドマーク 外からも目立ちます
球劇場のほか 分離接合可能な3つの劇場があるそうです

写真撮影は 入口と出口付近の波のカーテンに限定される
劇の上演中に入れば 劇を舞台裏から鑑賞できるのかも?

 昼間ながらも士林(シーリン)夜市の有名店を回ります
日本統治時代1909年に士林市場は作られたようです

「慈誠宮」祀っている媽祖様は全ての苦難に立ち向かう神様らしいです
参考までに お寺にある神様に向かって右手(竜の彫刻あり)が入口で
左手(虎の彫刻あり)が出口なので 竜から入って虎へ出るのが台湾の
お寺の一般的な礼儀で 参拝者は反時計回りの方向へ移動するのが順路
われわれいつも反対でした 失礼しました!

夜市になったら行きたかった店を3店回ります
1,焼烤杏鮑菇(シャオカオシンバオグー)
  エリンギは食感がアワビに似ていることから中国語でシンバオグー
  NHKの「トリセツショー」で有名になった店 17時オープンで
  まだシャッターが閉まっていた 残念
2,福州世祖 胡椒餅士林店 16時オープンで店は開いていたが営業
  準備中でした

3,鍾家上海生煎包(ジョンジアシャンハイシェンジェンバオ)
  15時オープンで 現在5分前 「鮮肉包」「高麗菜包」いずれも
  NT$20(直前までNT$16)コスパ抜群の上海焼き小籠包
  ミシュランビブグルマン選出店なので すぐに行列ができました
  私が一番で一つずつ購入 ホテルで私だけ食べました

  士林夜市には全く興味なしの妻 お土産のパイナップルケーキを
  買うため 劍潭駅から中山駅経由松江南京駅で下車 探しました
  道が分からない 迷いに迷い若い女性に妻が尋ねる 私の記した
  住所から スマホで探してくれて 何とか辿り着けた 老舗店の
  「台北犁記」(タイペイリーチー) 8名分購入NT$1,960
  台湾ドルの現金を硬貨を含め全部出し 不足分をカードで払った 
本日の万歩計 15,326歩

<8日目 1月19日(月)晴れのち小雨>新竹南園

ホテルで朝食 すぐ南港駅から台鉄で台北駅へ 天成大飯店ロビー集合
8:20 JTBの日本語ガイドさんと共に台北の新竹南園へ行きます
8:46台北発 9:21新竹着 NT$290(1,520円)


   新竹駅からはシャトルバスで30分余 車中から変な看板が・・・
   「夏目漱石〇〇」という看板 ここは新竹県竹北市 どんな関係?
   日本語ガイドさん経由案内人の女性に質問 「ああ あれ」とだけ
   笑って答えてはもらえませんでした

実は 親日過ぎる台湾には 日本の有名人やその他日本に関係のある地名
をつけるマンションが沢山あるようで ユーチューブで紹介されています
「小室哲哉」「久石譲ビル」「徳川家康マンション」「夏目漱石タウン」!
「枕草子マンション」「表参道マンション」「田園調布マンション」そして
「幸福皇居マンション」こんなネーミングのマンションっていいの?

「新竹南園」
台湾の伝統有力紙「連合報」の創始者である王惕(てき)吾氏が隠居後の
別荘として 台湾建築の父 漢宝徳氏(故宮博物院南院製作)に依頼した 
江南式 閩南式庭園スタイルです 一部は洋式アーケードを融合させての
「南園」(全体が27ha) 1985年に完成させました

中国風水を取り入れて 台湾でも貴重なヒノキ800余本を使っています 
お庭は平日が200名 休日400名の限定開放です 本日は月曜日です

(駅からの)案内人の女性が「モデルさんどうぞ」とばかりに・・・

南樓に案内してくれます

歓迎のお茶(新竹県は台湾のお茶の名産地で 水も有名)とケーキ
妻が「今までで一番美味しい」と言うと もう一ついただけました

天井の波型にする技がすごいと これは日本でも可能だと思います
ランプシェードは新竹ガラス(日本が持ち込んだ産業)を利用です


画面の椅子には サッチャー元首相やゴルバチョフ元大統領も坐ったと

この部屋に3つの宝があります
正面のつげの木の彫刻 ヒノキの柱の柱礎 床石の黒い枠です
大きな屏風は 大勢の職人の総がかりで1年余で仕上げられた

地震があるとヒノキはぎゅっと締まり 礎石はダンパーの役目
床の黒色の囲み これ大変貴重な海南島の黄花梨木だそうです
目立たぬ所にお金をかける これが本当のお金持ちなのですね

トイレにも行ってみました 清潔感にあふれていました

南樓で最も高い2階・3階の位置にある王氏の居宅です
南樓の「南」は 王氏の父 王芾南さんの南からのもの


 南樓から南に九の連山 西(白虎)に大きい山が良くないと
東「青龍」に南洋杉を植えて 仮想の山としバランスを取った

京都市の風水 青龍・白虎・玄武・朱雀によく似ていますねと
台湾のガイドさんに 日本語ガイドを介して伝えておきました

南側には 一番のパワースポット 八角形の涼亭
天井も 柱も 床石も全部八角形で出来ています
(八角は八卦につながり 八卦は魔除けの意味と)

風水の塊 だそうです 縁起のいいものオンパレードと
天井の鶴はもちろんのこと 4匹のコウモリ「天官賜福」
四隅には 頭は龍 身体は魚の「龍頭魚身」火事が最も怖かった時代
火事避けとして水の中に住む魚を「懸魚」として重用しているのです

欄門部分の左のコウモリは「福」を表し5匹いるので
「五福臨門」(全ての福がやってくる)となるようです
右の鹿は「禄」を表して 万事順調・商売繁盛の意と

この通路は写真を撮る人気の名所と 京都の水路閣に似ています

場所を移動します 妻は疲れています

ここ「同心樓」はホテル(元は従業員宿舎)兼食堂


レストランで大地南園創意料理を

枇杷葉鶏白湯 老菜晡ワンタンからスタート

料理の内容は難しく ただ器がいいなあと思っていました

妻は 眠くて眠くて 食事もストップです
ただ デザートとなると起きてきてパクリ またスヤスヤ・・・
私は従業員さんに「打包」つまりテイクアウトをお願いしました
(打包という言葉 有名レストランでも使用可と覚えてきました)
上の二枚の写真 カツと炊き込みご飯を2パックお土産にします

右の写真は ここに宿泊もした隈研吾さん

妻を南樓に戻して 私だけが園内ガイドさんと日本語ガイドさんと
隈研吾さんのヒノキ738本でのパビリオン「風檐」に向かいます


  英語では Wind Eaves 再度日本語にすると風軒(かぜのき)
2mの入口から6mの高さまで 全て異なる角度で接合されている
新竹は 地形の関係で冬に厳しい季節風が吹くため「風の都」とも
呼ばれています 海から入ってきた風が内陸部で舞い上がるのです

同氏の建築は「弱い建築」と  風の軒先が本を広げ 読書を広げ 
古道が色彩に輝く」という 東洋的人文主義的感覚と表現されます


  台湾チームによる舌と溝のカット精度は0.01cm 
  台湾の職人精神は 日本の構造技術者を驚嘆させたそうです

  ヒノキをETFE樹脂がおおっています
  エチレンテトラフルオロエチレンは溶融加工できるコポリマー
  優れた物理的強靭性を備え 放射線 化学物質 紫外線および
  極端な温度に対する耐性に定評があると これを利用しました

ちょっとビックリさせられたのが 右の写真
園内ガイドさんのスマホを私のカメラで写したので ちょっとボケ
左の馬の背状の瓦が三角形になっており 雨だれが点々と落ちます

ここは南樓への入り口になりますが ここから進める人は少なく
貢物を持参しても ここに置いて下がる人が大半だったそうです

南樓に戻り グーチェン(古筝 中国の楽器)実演
演目の中では テレサ・テンの歌も披露されました

妻はずーっと寝ていました 私から失礼をお詫びしておきました
午後4時になり シャトルバスで新竹駅に戻り新幹線で台北駅へ
本件の日本語ガイド付きツアー 一人26,832円也

疑問点:本日早朝 台北の天成大飯店ロビーで待ち合わせた日本語
    ガイドさん 実は新竹在住なのだそうです そうであれば
    新竹駅現地集合で 最後も新竹駅現地解散でいいのでは?
    最後 新幹線で台北駅でお別れ 再度新竹駅へ戻られると
    JTBさん 今後は変更してもいいのでは?
    それにしてもこの日本語ガイドさん 南園のこと隈研吾氏
    のこと 知らないことばかりで通訳するに際し園内ガイド
    さんの話す内容を理解するのに苦労されていました・・・


    我々は 旧新竹駅を見たかった! 現東京駅よりも1年前
    日本統治時代1931年に建てられた現存する台湾最古の
    駅舎 東京駅とは姉妹駅締結されているのです
    台北駅に旧駅舎(ここから15分)から台鉄で戻れたのに

17:07新竹発で 台北には17:37着 新幹線NT$290
我々は いつものように台北駅から南港駅まで台鉄を利用しました
松山駅で停車 次が南港駅のはずだが この列車も自強号だった!
まさかの南港駅飛ばしで 2つ先の汐止駅まで行ってしまいました
寂しい汐止駅 小雨がホームを濡らす 台北から南港1時間要した
折角時刻表をコピーして持参していたのに 私の失敗でした
本日の万歩計 8,759歩(ただし妻は南園で寝ていて不正確)

<9日目 1月20日(火)雨のち曇り>帰国

部屋からの眺め 小雨です
30階のエグゼクティブラウンジから見た101タワーも霧の中で

雨が降っていたら 計画していた「国立台湾博物館鉄道部園区」も
止めようと決めていたので 本日は午後3時まで ホテルの部屋で
寝てテレビを見ていました

午後3時 ホテルをレイトチェックアウト(最大午後4時まで)
南港駅からは 初めてMRTを使い 忠誠復興駅経由松山機場駅へ

空港駅で大ハプニング発生です!
妻が 保安検査場で「時計をはずしなさい」と言われ はずします
それを取り忘れ 出国ゾーンを通過 空港のサービスラウンジまで
来たのはいいのですが 時計が無いことに気づき大慌てです さあ
大変と 大急ぎで戻る さっき「時計を忘れた方はいませんか」と
係員が叫んでいましたから有るはずと言われ 保安検査場に戻って
(その際 妻はパスポートを預けて入場 私は入れませんでした) 
何とか時計を取り戻した というか無事に戻ったということでした

24年末新装なったVIPラウンジです

ここのサービスラウンジは 全航空会社共用で ものすごく綺麗
カレーライスとアイスクリーム4種と ワインもいただきました

18:25 台北松山チャイナエアライン発 22:15羽田着
出発後 食事が出ましたが やはり満腹状態で入りませんでした

無事羽田に到着 急いで宅急便の所へ行き 妻の重いバゲッジを
預け(1名分はデルタスカイマイル会員で無料)京急に乗り込み
都営三田線西巣鴨駅に到着し自宅に着いたのは 21日になって
いました お疲れ様 ものすごく疲れました
本日の万歩計 8,347歩

今回のお買い物二点でお別れです

おまけ
このブログの中に 松山駅のことを書きましたが 実は
同じ名前の地名や駅名は 少なくても80ヶ所はある!
板橋 松山 府中 三重 岡山 台東 高雄・・・・
台湾鐵路にある同じ駅名は32ヶ所もあります

 
  日本統治時代の命名もありますが 現在まで残っていること
  これこそが 日本ー台湾の友好関係を示していると思います


 

















































































 

南西諸島クルーズと台湾散策9日間 前編

宮古島の伊良部大橋

<1日目 1月12日(月)晴れ>羽田から台北

朝6時羽田空港のJALラウンジで 食事  朝7時朝日が昇ります
7:55 チャイナエアライン台北行き(JALとの共同運航便)

機内での映画鑑賞は「F1/エフワン」
何故MSCが・・・今回のクルーズ旅行の前半は MSCクルーズですが
なぜ画面上に何度も現れる? 実は2022年3月からフォーミュラ1の
グローバルパートナーになり この映画もMSCクルーズと提携した映画

  更には2026年1月11日から3年間 MSCクルーズジャパンが
日本相撲協会とのオフィシャルパートナー契約を結んだようで すごい縁!
本日の打ち止めである豊昇龍戦にも懸賞幕が登場したようです 見逃した!

10:55 台北松山空港到着
今回も台湾入国カードオンライン 渡航の3日前(10日から)に
必死に入力しました 登録完了後メルアドに確認画面が出て一安心
あとは「MSC FOR MEアプリ」をスマホに登録する作業も
あり ああだこうだと神経を使いました スマホは嫌いなのです!

先ずは 空港の郵便局で両替です 一人2万円でNT$3,810
1NT$が5・25円(昨年2月時点では4・7円)超円安ひどい!

そして 7イレブンで悠々カード購入 NT$400チャージする
(店員さんから4泊なら それ以上は不要とアドバイスされました)

マリオット台北ホテルに荷物を預け 台北駅付近で昼食先を探す
(書くと近そうですが MRTの松山機場・空港駅から劍南路で
ホテルに到着し そして台北車站まで10駅分も要するのです)


  台湾MRT(Mass Rapid Transit) 路線図

台湾鐵路(台鉄)は台湾全島グルリ一周しています 上には記入無し
今回の旅行で何回も利用した区間は 南港ー松山ー台北駅を結びます

参考 日本の牙城 台湾鉄道で韓国新車落札の真相(2018年)
   国内では 故障続きの韓国製は不評なのになぜ?
   実は 日本メーカー(日本車両)の車内方針で国内向け優先と
   なっており 入札にも参加せず! 不戦敗だったのだそうです
   一度譲ると次が難しくなる 日本政府の怠慢ではないですか!

目標はピンクの〇印 参考までに後日の天成大飯店はコスモスホテル

妻の康子がこの店どう?とメールしてきた店を 先ずは優先させます
探すのにとても苦労しました 何人にも聞いたが分からないと・・・
結局 大きな三越デパートのすぐ横の道にある店でした 地図上には
「新光摩天大楼」とあって 当ビル台北で最初の超高層ビルとのこと
台北駅の真向かいで タワーの下半分を三越デパートが占めています
例のライオン像が二つ並んでいました

グーグル検索が不得手な妻でしたが 美味しい店への鼻が利く妻で
探し得たことを自慢しますが 本当に自慢できることでしょうか?

本日のお勧め品です 鶏肉飯 65元 麻辣鶏肉乾拌麺 105元
(注:元=NT$=台湾ドルのこと)
大変美味しかった 特に嬉しかったのは店員さんやお客さんまでが
注文の仕方から 箸のある場所まで立ち上がって教えてくれたこと

一番左下の店 写真撮影は 三越デパートを背にして道路対面からです

台北駅から台湾鐵路(台鉄)で一駅の松山駅で下車しますと書くと簡単
ですが 台北駅の迷路の状態は 観光客にとっては至難の極みなのです

明日 基隆駅に行くため 台鉄の自強号の座席指定席券購入が目的です

調べに調べて 予約購入書を記入 それを持参して窓口に差し出すと
窓口の担当者が「すごい!」と言ってくれました ここまで用意する
人はいないよう 台鉄縦貫線北段(北行)の時刻表も調べたのです!

マリオットホテルのエグゼクティブラウンジで夕食(一番乗り)

ダブルベッドが2つの部屋 もちろんバスタブ付き
本日の万歩計 17,647歩(妻持参のスマホ

<2日目 1月13日(火)晴れ>MSC乗船


  台北マリオットホテル 文句無しでした
  受付には日本語を話せる女性がいて 助かりました

お部屋は18階(部屋としては最上階) ラウンジは19階
朝食もエグゼクティブラウンジでいただきました
本日は 基隆港に13:30までに着けばいいのでゆっくりです

台湾鉄路の松山駅へ向かう途中 昨日から2回目です


台湾松山駅とJR四国松山駅は2013・10・13姉妹駅提携


2024.9.30の愛媛新聞から
新JR松山駅開業に伴い 同名駅からの台湾交流ギャラリー開設
(同名とは言うものの 台湾松山駅は 従来の「錫口停車場」を
日本統治下に松山駅に改名したもので 騒ぎ立てるほどでは?)

それよりも 2013・10・11に世界で初めて 同じ名前の
空港から空港へ直行便が実現したことの方が素晴らしいのでは?

(左 日本の道後温泉前 右 台湾の慈祐宮前)

駅前広場には 日本の松山市から贈られた からくり時計も
あります 台湾からの震災時支援に対するお礼の意味だそう
知りませんでした 現地でぜひとも見たかった 残念でした

本日は12時18分発の台鉄で基隆港へ行き MSC乗船ですが
時間に余裕があり 有名な饒河街観光夜市の昼間散策を実行です
ミシュランビブグルマン選定の店(1店は5年連続)もあります

屋根には神の加護を意味する2匹の龍と福禄寿の三仙人が

「慈祐宮」 ここの夜市は この廟の門前市から発展したもの
ここにも 松山駅との提携で 道後温泉の絵がかけられている

左は実際乗った準急の自強号1000 右は乗りたかった特急である
自強号3000 残念だが基隆までは自強号3000は延びておらず

駅ホームで発見の「降りる人を先ず優先 乗客は後から」日本式です
基隆駅までは 自強号(指定席)荷物があるので指定席にしたのです

基隆駅到着 駅から港まですぐ MSCベリッシマが着岸していました


   同じ階級の部屋でも早い者勝ちで いい部屋に回される


   ヨットクラブの方以外は入れない空間があるのです


最上階 最前方に位置する特別なフロア カジュアルなBIGシップの
中にラグジュアリーフロアがあり そのヨットクラブを予約できました

乗船してすぐ昼食のためレストランへ

レストランの様子

部屋のベランダから基隆の街を一望

楽しみの一つ ロンドンシアターでのショー(1日に3回上演)
本日は 妻の大好きなクィーンのロックで大盛り上がりでした
ヨットクラブ専用の席があります 前の席の頭が邪魔なのです

ショーを終え ディナーへ向かいます

レッドワインで乾杯
本日の万歩計 11,834歩

<3日目 1月14日(水)晴れ>宮古島観光

今日は朝一番で下船して 平良港旅客受入施設(税関)前で待つ
観光タクシーの中から予約なし車輛を捕まえる必要があるのです

6時半からのトップセイルラウンジで軽食 そして階上18階の
7時オープンのレストランは野菜だけで我慢し下船待ちなのです
ただし8時下船開始と思いきや8時15分になってしまいました

船の先端から港を撮影 シャトルバスで税関まではピストン輸送
台湾から日本への入港 日本人はほぼ素通りでOK 外人さんは
少々手間どっている様子 その間に我々はタクシー乗り場へ直行!
2番目でした

  運よく 予約無しで待機していた運転手さんに出会え 5時間で
  2万2千円で 行き先は(伊良部大橋と来間大橋以外は)お任せ
  宮古ブルーの海の美しさは圧倒的

池間大橋からスタート 宮古島の北端です

MSCベリッシマの乗客は最大で5,714名 対して宮古島での
タクシー会社は14社 保有台数は181台(個人も含め240台)
これでは 大勢のお客様に対応できません
MSC側は島に事前相談無く着岸し 結果観光客が押し寄せたという
現状では 解決方法が見つからないようです(とは運転手さん情報)
MSCが着岸しない日はどうか?運転手さん宮古島空港で2時間待ち
大抵の方は休みにしていますとのこと・・・

事前相談があれば 観光バスがMSCを待って出発できそうなものを
8:25発では危うくて予約できません 実際本日 2番目に税関を
出た我々さえ8:35ぐらい 税関から集合場所まで10分必要です

参考:観光バス9時間コース 一人 8,800円
   MSC主催ツアー   一人30,000円
   レンタカーや観光タクシーが断然利用し易い
   路線バスもありますが 伊良部島の往復だけで精一杯なのです

雪塩ミュージアム」でスキンケア体験 手がすべすべに
店員さんの素晴らしい話術に すぐ購入してしまう妻です
ここは島で一番もうかっている企業 海水(塩)は無料と

雪塩ミュージアム」を出たところが「西の浜ビーチ」


折り返して伊良部大橋に到着


  無料で渡れる日本一長い橋 ここにフラガール
  大挙押し寄せギネスブック認定となったようです

次いで通り池 海と底で繋がっている


  ダイバーがチャレンジする「和製ブルーホール」

運転手さんが どこかと電話連絡しています
何と 私の希望を入れて「17END」での飛行機到来時間を聞いて
くれていたのです きっと妻が喜んでくれるでしょう!


  下地島空港です
近づくと車の大行列 我々も車を下り航空ファンの聖地に向かいます
写真の右下から飛行機が飛来するのを目前で見ることができるのです

滑走路が真北を基準にした時に 170度の方向を向いており その
方向から飛行機が着陸することと 航空用語で滑走路末端を意味する
RUNWAY ENDに由来し 「17ワンセブンEND」と呼ばれています

本日もうすでに飛行機が飛来しています すぐに「タッチ&ゴー」の
訓練だと分かりました キャセイパシフィック機の訓練のようです

我々は金網の横から見学 妻はビデオ 私はカメラで追いますが
2回ともダメでした 被写体の動きが早過ぎ! やはり突端まで
行き 上を見上げて写真の皆さんのように撮影すべきです
残念ですが 航空ファンの方の写真を転載させていただきました

参考までに 沖縄県に支払うタッチ&ゴーの使用料ですが 一回
20万円だそうです

来間大橋に来ました

橋を渡る前に昼食 運転手さんお勧め店「蜃気楼」の宮古そば
入店してから30分は待ちました 地元の人で大賑わいでした

沖縄で一番美しいと言われるビーチ 純白の砂浜はキメが細かく
その感触はまるでパウダーのよう 数年前の台風で砂が全部吹き
飛んで役場が大騒ぎ 地面下に鉄板を敷いたが効果なし 数年後
また元の砂浜に自然が戻してくれたそうです 自然の力はスゴイ

今渡ってきた来間大橋の対岸に立つ竜宮城が見えます(超望遠)
島にいると森の中にうずもれていて右のような姿は見えません

道の駅に立ち寄り 島とうがらしオリーブオイル辛そう・・・

本日は正装日 プリンセスならシャンパンタワーがあるのに
MSCは何も無しで プロの写真家に頼む気にもなりません
エレベーターのガラスに映った自分たちを撮影してみました

6階のプロムナード 誰も正装していません

二度の世界チャンピオンパティシエ ジャン・フィリップ・モーリーが
運営するショコラとカフェのMSC一番人気の店で 翌日再訪しました

ここでトッピングをカスタマイズして自分なりのチョコを作りました

有名なスワロフスキーの大階段
クリスタルの階段は3億1,200万円 階段1段200万円!!

バーでシャンパンを 16ドル以下であれば何杯でもOKと

今晩のロンドンシアターの主役はこの二人です
上海雑技団から引っ張ってきたのでしょうか?

ヨットクラブ内のスワロフスキー階段から マダムの登場です

ディナーでは エスカルゴにロブスター

ヨットクラブのレストランでも正装は少なかった

レストラン(ヨットクラブは6つ星)で給仕担当を指揮する若い
魅力的な女性 仕事中のキリリとした顔が一瞬で笑顔に変わる!
焦点がこの女性に行き 妻はボヤケてしまいました
本日の万歩計 7,973歩

<4日目 1月15日(木)晴れ>沖縄観光

朝食は 「和定食」 魚が妻は鮭 私が鯖を選びます
ご飯(雑穀米を選ぶ)お味噌汁 鯖の塩焼き きんぴらごぼう
冷奴 しらす大根 温泉卵 筑前
妻 鮭の塩焼き 切り干し大根 卵焼 ひじきの煮物 金時豆

我々は 那覇港第二クルーズバースから県庁前まではシャトルバスで
そこから路線バスで識名園に向かいます 県庁前には複数のバス停が
あり交番で 妻が一番に出発するバス停を聴取し そこまで急ぎます

本日は 世界遺産識名園と玉陵(たまうどぅん)そして首里城
ボランテイアガイドさん(案内親方)に依頼しておいたので その
横田さんと識名園入口9:00待ち合わせ 無事お会い出来ました

正門 国王や冊封使などが出入りした門

識名園は1799年に完成した琉球王国最大の別邸で 中国皇帝の
使者(冊封使)の接待や国王一家の保養所等に利用されたようです

1941年国の名勝に指定されたが 沖縄戦によって壊滅的被害を受け
(戦時中は日本軍の弾薬庫があった)1975年から約20年をかけて 
ようやく今日のような姿を取り戻した 沖縄市民らの努力のかいあって
2000年3月特別名勝 同年12月ユネスコ世界遺産に登録された
琉球王国のグスク及び関連遺産群」にも構成されている庭園なのです


緋寒桜が一輪 我々を迎えてくれました

「御殿(うどぅん)」 赤瓦屋根の木造建築 往時の上流階級のみに
許された格式ある造り 総面積約159坪で15の部屋があります

池の中に配された島に二つの石橋 中国風のデザインは六角堂も
回遊式庭園で 池の周囲を琉球石灰岩で積みまわす独特の工夫も

種々の木々の説明を受けました
左 ガジュマルの木 右 キンメイチク(金明竹)黄色い稈(かん)に
  縦縞模様が入る 園芸品種として江戸時代から珍重されていると

ゆず 右はガイドさんが もいでくれたもの

左(大)紫式部ムラサキシキブ 
右 チマキザサ 古来その大きな葉が チマキ(粽)を包むのに利用

まるで女の子が眠っているよう と新聞で評判になった木の根っこ
1時間半 ボランティアガイドさんのより詳しい説明がありました

ここから首里城までのウォーキングコース(真珠道)は2㎞50分
途中には有名な石畳があるのですが 坂道はきついとのことでした
あきらめてタクシーを利用しました 1,100円だったと記憶

「王陵(TAMA-U-DUN)」 揮毫は日本画平山郁夫氏によります
1501年第二尚氏第三代の尚真王が父の遺骨を改葬するために
築かれ 第二尚氏王統の陵墓となった


  玉陵の空からの撮影(パンフレットからの転載)

墓室は三つに分かれ 中室は洗骨前の遺骸を安置する部屋 東室は
洗骨後の王と王妃 西室にはあらかじめ限られた家族が葬られたと
全体の造りは板ぶき屋根だった当時の首里城を表した石造建築物に
なっている 墓域は2,442㎡あります
沖縄戦で大きな被害を受けましたが 1974年から約3年かけて
修復工事が行われ 往時の姿を取り戻し 現在は世界遺産登録です

洗骨の場所に案内されます 
私がここに興味を持ったのは 2019年の映画「洗骨」でした
沖縄 粟国島風葬 そして4年後に行われる洗骨の儀式でした

右の写真は蔵骨器 ある米兵が 何も知らずに国に
持ち帰ったが骨壺と分かり戻されたという話もある

歴代の王の骨壺

とっくり状の樹がありました ピンクの花が咲いてます
トックリキワタ(ボトルツリー)幹がワインボトルの様に膨らむのが
特徴で オーストラリア原産(とスマホのレンズ機能で調べました)

王陵から100mで首里城到着
右は ペリー来航時に 米国人が描いた守礼門と(ガイドさん所有)

この門の裏に何があるか知っていますか?とのガイドさんの質問
裏に回ると 木の茂みだけ 「自然を崇拝している」のだそうです

有料地域でないと 全く見られない?と思っていましたが
ガイドさんが案内してくれた場所から 上の光景が・・・
有料地域を回ってきた人々も ここが一番と大絶賛でした


いやいや 今年の年末には完成とのこと そうしたらまた来ます

これは何でしょう?
2019年10月の火災で 木造建築だった首里城には台湾ヒノキが
使われていた(平成の復元時1992年に150本提供されていた)
(台湾では)
現在は天然木材の伐採を禁じているため 2020年に伐採して保管
していた人工林のうち5本を提供 前回同様正殿内部の装飾品として
利用される 日本から無理を承知で依頼した 無駄にはできません!

見事な復元 復元石積と遺構石積
まだまだ案内し足りないとおっしゃるガイドさんに「おなかがすいた」

近くの沖縄県立芸術大学の学生食堂に案内され 沖縄そば600円
具材は豚の三枚肉 かまぼこの他 紅ショウガを添えることが多い
麺はやや縮れた太めの平麺で スープは豚出汁と鰹出汁のブレンド

礼金を3千円(決まり無し)お渡しし バス停でお別れしました
戦争絶対反対・九条守れ 地位協定断固反対と共産党系女傑でした

船に戻り 16階でアフターヌーン軽食 お酒も何杯も

今夜のロンドンシアターではマジックショー
変面から始まります 長崎で見た時以来です

足下に置いた竹材を一本一本足で拾い重ねて 最後に柱に乗せて
ラスト ちょっと触ったら 一瞬でバラバラに 拍手喝采でした

中:「ポレンタ料理」イタリア北部の伝統料理
  トウモロコシの粉をお湯で煮込んで作られ とろとろ食感

本日の食事 待ち時間がTOO MUCH  責任者がアポロジャイズです
次々にワインのサーブがあり 写真をどうぞと 大サービスでした
本日の万歩計 12,820歩

<5日目 1月16日(金)晴れ>石垣島観光


公園前で サーターアンダギーを買いました
店の店員さんは とても美人でしたが愛嬌は全く無し

ミシュラングリーンガイドで 沖縄で唯一 三ツ星の川平湾です
と言うか 「日本唯一 三ツ星の海 川平湾」なのですが・・・
私見ですが 宮古島の与那覇前先等のビーチの方が素晴らしい

国内でも「一度は行ってみたい離島ランキング」で 1位屋久
2位宮古島 3位石垣島 だそうです 2位は分かるが3位は?


夕刻になるにつれ 海の色が七色に変化していくそうなのです?


インターネットで前売り券購入済 一人1,200円

スタートしてすぐ ニモ発見!写す間もない瞬間でした
あとはカメの大群 これもカメラに写りこめません残念


 別の写真を転載(こんなに綺麗には見えません)

周囲の島はサンゴが隆起してできたそうです

船に戻ってきました 15階のビュッフェに上がります

本日は 港前に並ぶタクシーで川平湾まで5,000円
(観光後は路線バスでバスターミナルまで780円)

途中 サーターアンダギーを有名店「さよこ」で調達できました

港からバスターミナルまでMSCシャトルバスなら一人10ドル
二人で20ドル 当然皆さんタクシーに並びます 賢明ですね
我々も帰路ターミナルから港までタクシーで1,100円でした

ビュッフェで軽食後

バーに立ち寄りアイリッシュコーヒーをチョイス 9ドルで無料
(注:16ドル以下はヨットクラブメンバーは無料という意味)

バーでは 上の写真で 妻が右手にしているバンド これこそが
ヨットクラブメンバーの印であり 飲み物無料の印籠みたいな物
カードには写真内蔵され 船の乗下船時のチェックや 船内では
代金支払い機能 部屋の鍵代わり機能もついている

予約しておいたMSCアウレア・スパのジャグジーとサウナ体験
あらまあ 私専属のシニアモデルさんの水着姿です 美魔女?

本日のロンドンシアターのショーは 「ジャーニー」がテーマ
列車MSC号に乗り パリ・スペイン・イタリアなど巡ります


 正装が2回あると思い込んでの もう一つの妻の正装

右:「チキンパルメザン」 モッツァレラチーズ じゃがいも
  人参 ズッキーニのソテー が本日のメイン料理

鶴をイメージしたらしい

部屋が狭い バスタブが無いとお冠の妻でした
ヨットクラブ デラックススイートにしてはの話です
参考:ヨットクラブの中でのランク(あるツアーでの比較値段)
   ヨットクラブロイヤルスイート   1,080千円
   ヨットクラブデュープレックススイート 898千円
   ヨットクラブデラックススイート    628千円
   ヨットクラブインサイドスイート    358千円
本日の万歩計 10,722歩

<7日目 1月17日(土)晴れ>MSC下船日

朝食 ラストは MSCヨットクラブ★★★★★★のプレートの前で

まだクリスマスツリーが・・・しまい忘れ?
台湾では クリスマスが過ぎて旧正月春節 今年は2月17日
前日の2月16日が大晦日)の飾りつけが始まるまで飾られると

MSCを下船したことで前編終わり

そうそう下船前に 冷蔵庫に差し入れされているシャンパンを
タオル類でぐるぐる巻きにして 私のバゲッジに格納しました

追記:今回 南西諸島クルーズを決めた理由は次の2点からです
①私の所有するマリオットバケーションクラブの年間ポイントを
 消費するため マリオットクルーズコレクションから一番短い
 コースを選択して マリオット経由でMSCを申し込んだもの
 (海外の旅行会社となり 同社の日本人スタッフに質問を相当
 繰り返し しましたが 対応は見事でした プロでした)

②普通 南西諸島クルーズは羽田発沖縄那覇からMSC乗船し
 石垣島 基隆 宮古島と巡り那覇に戻り 羽田へとなります
 私は 台北に4泊し観光したかった そのため 先ず台北
 行き MSCでクルーズをしたあと 台北(基隆)に戻って
 また台北を観光できる 今回の個人旅行を計画したのでした
 参考:日本からのクルーズ旅6日の料金(クラブツーリズム
    海側バルコニー 254千円
    ヨットクラブ  464千円

















 
















 




































 

 














































インドネシア個人旅行6泊8日 後編

バリ島ヒンドゥー教の総本山「ブサキ寺院」
バリ島の最強パワースポットは アグン山と中腹にあるブサキ寺院

<4日目 11月13日(木)晴れ・雨>前編からの続き
午前10時過ぎ マリオット・バリ・ヌサドゥア・ガーデンズ到着

入口のチェックは厳しい 我々の名前と突合してゲートがあがる

ホテルのチェックインが午後4時ということで 部屋の片づけが
まだですと 当たり前で なるべく早くしますからということで
別の部屋で待機します
ヒルトンにいても仕方がないので早く出発を!とせかす妻に負け
チェックアウトを早め こちらに着いたら待ち時間大という結果
「あなたの説明が無かった それならヒルトンでゆっくりした」
いつもの大騒ぎが始まり 受付の女性も困ったことでしょう・・・
結果 約1時間で異例の「部屋の準備ができました」になります

このマリオットホテルでは 保証金1,500,000RPを
クレジットカードで一旦支払います(チェックアウトで精算)

我々が3泊する832号室は6人用です 居間とツインベッドの部屋
そしてダブルベッドの部屋まで 各室にはバスタブ付きの浴室があり
台所・キッチンに料理道具一式 冷蔵庫はもちろん洗濯機・乾燥機も
完備しているではありませんか・・・

リビングのテーブルの上に なにやらお菓子がいっぱい並んでいます

すごいの一言です 

我々が使用したツインベッドの部屋と浴室

我々が使用しなかったダブルベッドの部屋と浴室

昼食のため シャトルバスで「バリコレクション」に出かけます
ここには SOGOデパートがあり 飲食店が集中しているようです
SOGO内は全店クリスマスセールなのか30%引きセールでした

ハッピータイムサービスで ピザとワングラスワインで15Kと
1,500円相当です ビールを追加してピザを もうここまで
インドネシア料理には飽きています ナシゴレンにミーゴレンは
チャーハンと焼きそばですね

ホテルまでの戻りのバスが3:05PM SOGOをうろうろして
結局スターバックスに入ります

他に時間をつぶせないせいか 当店には 大阪のおばちゃんらしき
グループが二組三組と集まってきます 大賑わい! 日本人は静か
という良いイメージは ここでは全く通用せず大口開けて高笑い!

時間となりホテルへ戻って 午後2時から出勤のCHIYOさんと
顔合わせ 日本語が達者で大助かりです 妻とのラインもつないで 
種々の説明を受け 近所のスーパーの情報も教えていただきました

それから室内のテレビを回していたら なんとNHKの大相撲番組
日本との時差が一時間で 午後5時の打ち止め~まで見ていました

夕刻になり CHIYOさんに教わった近所のスーパーへ買い物に
先ずは 信号のない道路の横断が怖くて 手を挙げると車は止まる
ということを後日知りました 思いやりの精神だそうですが本当?
弁当とハーゲンダッツのアイスを購入して 3千円相当のお買い物
結果 お弁当はまずくて半分捨てました

窓の外のプールのライトアップ

<5日目 11月14日(金)晴れ時々スコール>バリ島横断ツアー

食事は文句なし 3日に分けて なるべく全部制覇するつもり
庭の木にリスが巣箱と木の上を往復します 相当の数のバナナ
リスで カメラに収めるのも大変でした すばしっこいのです
庭のテラス席でしたが ハエがうるさくて明日は屋内にします

本日は JTBマイバスバリ(ベルトラ)の日本語ガイド付き
バリ島ツアー バリ島の約半分の県を回ることになるそうです
(バリ島には全部で8つの県があるそうです)
ブサキ寺院~キンタマーニ高原~棚田~ウブド~タナロットと
続き 夕食は「アイスチャングー」での地中海料理と続きます

 
  私がバリ島に憧れたのは 若いころ「南太平洋」という映画で
  バリハイ島で流れるミュージカル「バリハイ」の歌声からです 
  バリ島だと思っていたのですが 幻想の島のようで ロケ地は
  ハワイのカウアイ島とのこと これは知らなければよかった!


   7:45迎えの観光タクシーがホテルに到着 さあ出発です

ブサキ寺院までは2時間半もかかる バリ北部の名所ですが
遠方で 日本人も観光バスもあまり訪れないようです・・・
独自の文化を守るために 地元住民が世界遺産申請を何度も
反対したといわれる「幻の世界遺産」です

割れ門を撮影 二人とも ズボンの上からサロンを巻きます
寺院の入り口にある左右対称の割れ門 善と悪 陰と陽など
表裏一体を表現し 人間は完全ではないということを表して
おり 邪気のある者は通れないそうです

さてサロンと腰紐ですが バリヒンドゥー教の中で上半身は
善のシンボル 下半身は悪のシンボルという考え方があると
腰紐を巻くことで 神聖な上半身を下半身から分離するそう

ツアーの宣伝写真です ここまでは上れません
我々は 横の階段を上がって 各寺院の外観だけ拝見します

聖なる山です アグン山 最後まで頂上は拝めませんでした
本日のガイドさんは 独学で日本語を学んだとのことでした
ドライバーさんは全く無口 でもレーサー並みの運転技術です

当地出身のガイドさんと スマトラ島出身のドライバーさんは
基本の言語が違う為なのか ツアー中ほとんど会話無しでした
注:公用語はインドネシア語で国語です 500以上の言語が
  話されており バリ島ではバリ語 ジョグジャカルタ市は
  ジャワ語 スマトラ島は他民族及び華僑が多く言語が複数


当地では竹を家の木組みに使います 屋根にはシュロを敷きます

30余りの寺が集まる複合寺院で それぞれのカースト?に
よって参拝する寺院も異なるのだそうです

注:インドネシア国内で最も物価の高いバリ島バリ人の多くは
  ヒンドゥー教徒(インドネシア国内の多くはイスラム教徒)
  「バリ・ヒンドゥー」はインドのそれとは異なり 土着の
  自然や祖先の霊を信仰する「アニミズム」的な要素が強い

  ヒンドゥー教につきもののカースト制度 インドの制度は
  バラモン(司教)クシャトリア(王族)ヴァイシャ(商人)
  シュードラ(奴隷民)の四つの階級とその他のアチュート
  (不可触民)からなる それに職業別の身分制度によって
  更に細分化 結果長い間人々に職業選択の自由は無かった


  バリのカーストは ブラフマ(僧侶)クシャトリア(王族)
  ウェシャ(貴族)人口の9割を占めるスードラ(平民)の
  四つに分かれている 職業の制約は無い 異カースト間の
  結婚も可能 ただし異カースト間では その高低で相手に
  より言葉を使い分けることになる

  バリ人の名前はカーストとその出生順次で決まる 名前を
  聞けば その人がどのカーストに 兄弟の中では何番目に
  生まれたかが分かる
  スードラの例で 男女関係なく 第1子はワヤン(または
  ブトゥ)第2子はマデ(カデッ)以降ニョマン(コマン)
  クトゥットと続き 5番目以降は またワヤンに戻ります
  男性に「I イ」女性に「Ni ニ」をつけて「イ・ブトゥ」
  のように区別する
  

寺院の入り口に お花(チャナン)がお供え物であります
「ONLY PRAYER」とあります 基本的にバリの
正装姿でないと入場できません 礼拝する人 祈祷する人
だけが入場できて 一般観光客は入れません

ブサキ寺院の頂上まで来れました 七重の塔が目の前です
メルはアグン山を模した塔 3~11の奇数層だそうです
胸の前で手を合わせるのが普通 顔の前まで そして頭の
上までは神様への挨拶 3種類あるようです

キンタマーニ高原と 目の前にはバトゥール山 バトゥール湖
その湖畔に「トヤ・ブンカ温泉」があり湖から温泉が湧き出し
ており 湖水と混合して丁度いい温度になっているようですと
ガイドさんから 今だと手ごろなお値段で買えますよと・・・

右の写真 私が離れているのは ガラスの下が断崖絶壁だから

注:妻が敏感に反応の高原名「キンタ」は思考「マーニ」が珠
  サンスクリット語で 意のままに様々な願いをかなえる宝
  「如意宝珠」を意味する

「グランド・プンチャッ・サリ」売り物の景色が一瞬で消失
大スコールです 目の前真っ白! 本当にビックリしました

食事をゆっくりなんてできませんでした
ここではビュッフェでの食事が普通ですが ピザやパスタが無難
お昼はピザが増えてきました(食中毒だけは要注意なのです)

道路を 地元のお祭りかなにかで塞がれ 回り道も何度か

美しいライステラス(世界遺産)で有名な木彫りの村
1年を通じて稲が育つため2~3期作が行われ 田植えと収穫の
時期もバラバラ 同じ村でもスパック(水利組合)が異なること
が多くて 田植えと稲刈りが同時に見られることもあるそうです

現在のバリ島では 純粋に米を作るだけでは棚田の維持が難しい
観光促進のため政府の補助金によってこの美観が維持されている

このかごに入るのに 10K(100円相当)が必要とされます
この直後スコールが来て 大慌てで車に戻ります

ウブド王宮に到着

王宮だけではつまらないと 以前私が調べていた「水宮」を希望
ツアーでは立ち寄らない所だったので追加料金を払い入場します
「サラスワティ寺院」が正式名 ウブド・ウォーターパレスです
神聖な場所で インドネシアの服を着るようにとのことでした

「WARNING」(警告)の看板を無視して はしゃぐ妻そして私

芸術と知恵を司るヒンドゥー教の女神サラスワティを祀った寺院

「KULKUL」って何?
内部をくりぬいて洞(うろ)にした丸太や四角い柱を中ほどに
縦長の切り込みを一か所入れた洞木 この切込みから響き出る
音が遠くまで聞こえる 寺院で鳴らすため お寺の鐘のようで
もあるし 緊急連絡に使うため 半鐘の役目もするそうです

背後はインド洋とのこと 今までは太平洋でした

ウブドから2時間 西の端「タナロット寺院」です
夕日で有名 ただし夕日まで1時間半待ち そして
曇りがちで夕日がきれいに見える確率少ないとのこと
結果 待つことを辞め 最後のレストランへ直行

とっても美味しかった・・・


皮肉にも今夜は夕日の大盤振る舞い
タナロットの夕焼けはきれいだったろうなー


  HPでの写真で想像を膨らませます

夕食は デラックスホテルの「アイズチャングー」でした

ここチャングーを出発し スミニャックからレギャンそして
バリで最も危険な地域と言われる クタを通過し高速道路に
混雑がピークになる時間帯で 車とバイクが大渋滞なのです

車と車の間に少しでも隙間ができると 反対車線からバイク
「轢くなら轢いてみろ」という感じで見てはいられません
私なら絶対に運転はできません

初日からですが バイクに乗る女性も子供も 運転する人に
捕まっていません すごい人は横座りで片手にスマホを持ち
すごいスピードで走り抜けます 子供のころからの慣れっこ
だそうですが この状態で事故に繋がらないのが不思議です

2時間以上の大渋滞から
横を見ると またもやその地域のお祭り 車が通るのが無理
最後 ブノワ湾沿いの高速に入るや否や 運転手さんの猛烈
スピードでの追い抜き 正直怖かった! 
ホテルに無事到着しました 良かった!

<6日目 11月15日(土)晴れ>バリ島の休息日 海にでも行こう

 
  プールにはちょっと足を入れただけ ぬるかった

朝食を終え ホテルのシャトルバスで海へ出かけます
9:35までの時間待ち

海に監視員や救助の人はいません 自身の責任で とあります
プライベートビーチです 

ヌサドゥア半島の別名はヌサ・ゲデ島で「大きな島」を意味する
1993年にWTO世界大会があり 参加した107か国の国名が
刻まれている岩が背後にある
それと背後の像ですが ラーマ神とひざまづく猿の神ハヌマーン

     実は この奥に「ウオーター・ブロー」という景勝地があります
     荒々しい火山岩が海辺にそびえ そこに波が押し寄せて 盛大に
     水しぶきが吹き上がっている 陽光でキラキラと飛沫が輝くそう

下見を終えて 10:15のシャトルバスでホテルに戻ることに
午後から水着を持って来ようと シャトルバス時間を確認すると
1時間に1本ホテルから出発 戻りも1時間ごとに有り便利です

シーフードの店もあり さて少額だけ両替しようと 妻が財布の
入ったポシェットを探し始めます 3つ持ってきたのに日本円の
入った銀と黒 のポシェットが無いと・・・・・

忘れ物は 前泊のヒルトンホテルに違いないと 午後2時出勤の
CHIYOさんを待ちます お昼どころではありませんでした!

CHIYOさんを待ち 事情を話したのち 彼女からヒルトンへ
電話をかけてもらいます 予約番号も部屋番号も記載した書類は
終えた途端破棄してしまっており 氏名だけで探してもらいます
しばらくの後 妻のラインに ヒルトンでは見つからずと連絡が
あって 妻は「お金が入っていたから戻らないでしょう 室内に
掃除に入った作業員が・・・」とあらぬ疑いをかけまたも夫婦で 
しなくてもいい夫婦喧嘩 
私「どうして3つもポシェットを持ってくる必要があったの?」
妻「洋服に合わせ また日本円用外国のお金用と分けるためよ」

険悪の中 テレビでの大相撲中継があり そちらに没頭

夕食だけは食べないと・・・
ホテル敷地内のコートヤードマリオットのレストラン横で
私の米ドル10ドル分両替し コートヤードでピザを注文

何やら下の階でインドネシアの音楽が 奏でられていたようです

<7日目 11月16日(日)晴れ>豪華ブランチとスパ体験
朝食は6時半に済ませ 本日は「ソレイユ・アット・ザ・ムリア」
世界最高のブランチレストランへ出かけます
10時にチェックアウトし 荷物は二人分をフロントに預けました

11時にブルーバードタクシーを予約済み 時間前に到着したので
ムリアホテルのロビーまで 20,000RP(2百円)でした
ロビーからはバギーで「SOLEIL」へ


6つ星ホテルであり プールは宿泊者限定となっています


このレストランの予約が大変でした
大人気ですので8月21日 約3か月前予約しておいたのです
二人で500,000RPでした 安いなあと思っていました

現地での上記記載のアルコールパッケージを見て分かりました
予約した金額はビュッフェの自分で選ぶ品々だけの料金であり 
アルコールが入ると跳ね上がる(それが普通)のシステムです
我々が頼んだノンアルコールだと 一人939、000RPが
追加されるのです その代わりアラカルトメニューから全ての
料理がいただける
つまりは おなかをすかせて 朝食など食べずに来店するべし
我々はマリオットで十分食べてからですので この時点で負け

さすがに 寿司はイマイチ 日本茶はノーサンキューでした

道理で 席の担当が何度も アラカルトいかがですか?と来るわけ
親切で来てくれているのに こちらは彼の真意を理解できなかった

仕方なく 一番上のワッフルだけ注文 やはりものすごく
美味しかった チキンの揚げ具合が抜群にカリカリだった
エスカルゴやフォアグラその他名品も頼むべきだった・・・
でも雰囲気だけは十分に満喫できた気がします


本日誕生日のパーティーが2組いて「ハッピーバースデイ」の大合唱

ビュッフェでは このオイスターバーが一番人気でした
やはり減り方がすごかった 隙間がこんなに多くなって


途中休憩で 外気に触れます

デザート類が異常に多かった

ARCHITECUTURAL DIGEST2016で
世界的に称賛される「最高のサンデーブランチ」に
VERANDA2016「世界のベスト20レストラン」に

トリップアドバイザーのトラベラーチョイスでは毎年受賞

地中海料理とアジア料理の絶妙なフュージョン 多彩な料理が
並ぶ豪華なビュッフェ 11:00~15:00までOKです

再度ホテルまで ブルーバードタクシー(戻りは3百円相当)
14:40に迎えに来るアユタヤスパの車を待ちます

そのときです 受付の女性が 「これ忘れ物では?」と例の
ポシェット二つを持って来ていただけました 「どこに?」と
妻 「お部屋の金庫の中です」とまあ 康子は金庫にしまった
ことさえ すっかり忘れていたのです よかったー 現金も
無事でした CHIYOさんお手間を取らせてごめんなさい!

  アユタヤスパ(独立型スパ)

  日本人経営 日本人エスティシャン指導の高品質サービスで人気
  現地スタッフが日本語でカウンセリングとメニューの説明で安心
  ボディーマッサージ+シロダーラ+フェイシャルで眠りに落ちる
 ジャワ王宮発祥のマッサージが受け継がれたバリニーズマッサージ

 「ベルトラ」ツアーでの一番人気
 バリ島スパランキングで第四位
 参考までに一番人気は「フランジパニエステティックス」
 相対的に 相場は日本の三分の一程度と考えればいいのでは・・・
 
 4時間コース
 フットバス(10分)
 バリニーズマッサージ(90分)
 フェイシャルトリートメント(60分)
 フラワーバス(30分)
 シロダーラ(30分)
 シャンプーブロー(20分)


<シロダーラ>30分
インド由来 人肌程度に温めたオイルを眉間の上に絶え間なく垂らし
続ける 施術中は瞑想状態になりますが 眠ってしまう人が多いと

4時間のスパコース 最初の2時間は体のマッサージ
気持ちの良さに すっかり寝てしまっていたようです

<クリームバス>頭皮からデコルテまでトータルケア
残りの2時間はフェイスマッサージとシャンプーです
日本語が通じる女性担当者 なにしろ力が籠められて
痛気持ちいい感じ 夫婦で一緒に受けました

頭皮のツボ刺激マッサージで髪の毛艶アップの二人 ご満悦

チップとして100,000RPを渡すと とても喜んで
くれました(チップの額は 普通50,000RPだそう)

最後に質問です 道すがら見えた巨大な像は何なのですか?
インドネシアのシンボルのガルーダです 高さ121mと
バリ島の空港到着後 最初からの疑問が解明できましたあ!

最後 空港までは スパ料金に含まれています 無事到着!
ただし ただしです 発券時間受付まで2時間もあります

  9:30PMに受付開始 そしてガルーダのスカイチーム
  サービスラウンジでは 0:30の搭乗開始まで待機です

  白ワインとボロネーゼパスタを 目の前で料理してもらい
  食べながら 何とか時間つぶし・・・・・

着陸2時間前の朝食 私の左:美味しくなくて半分残しました

帰りもガルーダインドネシア 
何とドアクローズして 滑走路に移動し 離陸寸前に滑走路の中程で
緊急停止!! 何が起こったのかアナウンスもなく不安のまま 搭乗
スポットまでゆっくり引き返した パイロット・CAからの日本語の
アナウンスは一切なく 乗り込んできたGH(地上係員)に聞いても
的を射た説明はなかった

この間1時間以上 機長からもチーフパーサーからも何の説明も無し
CA同志が固まって何やらしゃべっていますが 笑ったりしています
乗客のおとなしいことにビックリです 誰も文句を言わないのです!
そばに来たGHに「YOU MUST EXPLAIN ABOUT THIS ACCIDENT」
と大きな声で伝えました ハリーアップを繰り返しました

しばらくして そのGHさんが スマホの翻訳機能で「燃料を追加
する必要があります云々」と 私にだけ伝えてくれました

<8日目 11月17日(月)晴れ>帰国
離陸時間が1時間遅れたことで 着陸も1時間遅れ 午前10時です
最後の着陸時まで 機長以下誰からも説明・謝罪がありませんでした

前の座席ポケットが壊れたまんま・・・ありえません

古いガルーダ機で いつも楽しみにしている映画が古くて なおかつ
日本語版が一切ありませんでした サービス最低のインドネシア国営
航空会社 スカイチームの恥です もう利用しません

ガルーダは別にしても インドネシアの人々 我々の片言の英語でも
どうにか理解してくれようとする 人々のやさしさが沁みた旅でした

この旅行は 実は昨年に計画していたもの 9月下旬でしたが直前に
なり 妻が「めまい症」という病気になりキャンセルしていたもので
そのリベンジ旅行でした インドネシアでは食べ物の心配(バリ腹)
蚊によるデング熱 狂犬病の心配 タクシーのグラブ利用ができるか
その他も沢山あり 個人旅行にはつきものですが 心配事が多かった

食事・レストランには大変気を使いました 金額は張りますが可能な
限り良質なレストランを組み込んだ現地ツアーを選択しました
ジョグジャカルタのアマンジウォやバリ島のムリアホテルなどは生涯
一度でも経験できれば上等と言えるレストランで大満足できました

宿泊するホテルもヒルトンやマリオットで問題なし 現地ツアーでの
メリアプロサニーホテルも バスタブ付き5つ星ホテルで最高でした
出発前には不安いっぱいの妻にもきっと喜んでもらえたことでしょう
さあ 次は来年1月のMSCヨットクラブ体験です 楽しみです

そうそう インドネシアでは 到頭最後まで硬貨を見なかった
お札は薄く よれよれ まるで子供のおもちゃのようであった
(政府は 偽札対策として5年に1度は図柄を変えるようです)

今回の旅行代金
ガルーダインドネシア航空 196,400円(HIS利用)
ホットホリデーツアー代金 195,149円(ジョグジャカルタ)
マイバスバリ(ベルトラ)     41,220円(バリ島ツアー)
ソレイユアットザムリア   21,702円
アユタヤスパ        25,846円
両替代金(円換算)        11,500円
その他           20,000円
       計     511,817円
注意:ホテル(ヒルトン、マリオットは所有ポイントからで含まず)

最後の最後に発見したこと

行き:日暮里から成田空港 スカイライナー 2,580円 42分
帰り:成田空港から東京駅 JR高速バス  1,500円 68分














 

 

 

 

 




























 

 

 






















インドネシア個人旅行6泊8日 前編

スコールが激しくなって来ました ボロブドゥール遺跡頂上

<1日目 11月10日(月)晴れ>成田からデンパサールへ

  スカイチーム大韓航空のラウンジです
  パン サンドイッチ おにぎり 稲荷ずし カップ麺 
  果物まであります アルコール飲料も揃えてあります

ガルーダインドネシア航空の昼食
私は左:パスタは固くブロッコリーは茹ですぎ 右:妻の和食
自宅での朝食 ラウンジでの朝食 これで3度目の食事でした

着陸寸前バリ島の山々 右は何なの?いやに高いのです(最終日に判明)

左:バリ島のデンパサール空港(グラライ国際空港のこと)
右:バリの古典的絵画技法での「ラーマーヤナ」のようです

翌日のことを考え 空港から一番近い ヒルトンホテルを予約しました
ホームページでは7分だが 上図では徒歩14分 歩くつもりでしたが

「エアポートタクシー」を利用 200,000RPというので高いと
交渉し 150,000RP(1,500円弱)で合意

注:インドネシアのRP(ルピア)ですが 最後の00二つをとると
  それがほぼ日本円の金額になります

  左:オールインドネシアQRコード取得できたもの 見本です
    自身の現物は プライバシーの関係から掲示は止めました
  右:探し回った観光税支払カウンター 人の動線を外してある

入国するまでが大変だったのです インドネシアの入国手続きですが
二転三転し 今年の8月に「オールインドネシアという登録に変更
この登録は 何と 日本出発前の2日で済ませなければいけません!
 eーVOA(入国カード)は 上記手続に吸収され簡素化されました

そのため スムースに入国できるのか 当日まで本当に不安でした
結果は 何事もなく通過できました ホッとした瞬間でした・・・

入国手続き後 観光税支払場所を探し回り 観光税400,000
RP(2名分)を支払いましたが・・・(払わなくても罰則は無し)
事前勉強では 外へ出てからと理解していましたが 変更となって
いました(上記写真)
外から探しまくって 支払いカウンターの外からお願いして支払い
それも 正規料金より高い料金(正規は150,000RP×2名)
を取られてしまいました 善意で払うのに騙された感じでした

ヒルトンホテルに到着
妻名義の予約で 朝食は無しと 我々はヒルトンバケーションクラブの
エリートメンバーですと伝えることで フロントも理解していただいた
(この間のやり取りは 先方のスマホの翻訳機能で対応です 早い!)
署名は妻にさせます インドネシアでは左利きの私は署名を控えます
(左手は不浄なのだそうです)

バスタブ無しです
夜食は 何と 朝の大韓航空のラウンジで仕入れた マルちゃんうどん
持って来て良かった わかめスープもありますよ

<2日目 11月11日(火)晴れのちスコール>ボロブドゥール遺跡

一番乗りの朝食は美味しい 早速ミーゴレン(焼きそば)を・・・
見ていますと 食事を左手でする人が数人いるではありませんか!
私は 家では左手 外出先では右手をと使い分けることができます

ホテルのプールと正面玄関
荷物は 明日こちらに戻りますということで預かっていただけました

いざジャワ島へ 国内便LCCライオンエアー航空の受付カウンター
紙の搭乗券発行ではなくて 妻のスマホにQRコードが送信されます

どうして 途中の店に日本の牛丼が・・・・
あとで知りました ジョグジャカルタの観光名所ボロブドゥール遺跡
訪れる外国人 一位がオーストラリア人 二位が日本人とのことです

うちのモデルさん 常にその場に適応したポージングをしてくれます
さっとガルーダの格好を そして扇子で背景に同化してしまいます!
注:ガルーダは 炎のように光り輝き熱を発する神鳥で 人間の体と
  鳥の顔を持つ神聖な生き物(インドネシアの国章にも描かれる)

搭乗待合場所で QRコードが消えてしまったことに大慌て! 
妻は「ストールン」と言い 私は「ディスアピアー」だと困惑
(注:英語の発音だと「ディサピア」の方が通じるらしい)

何はともあれと 係員のいる場所へと急ぎ たまたま別航空の
カウンターに女性がいらして あれやこれや話しスマホの翻訳
機能から「ロスト」という言葉が出て 理解してもらえたのか
パスポートから調べていただいて 上記の氏名・便名・座席が
記載されたものをスマホで撮影して 何とか事無きを得ました

LCCのライオンエアー 乗客は半分だけ 飲み物まで有料です
CAさんの頭(後ろ髪)の盛り上げ方がスゴイ!

    ユーチューブで探しました 「フレンチツイストヘア」
 東南アジア風夜会巻きというそうです ほとんどピンを使わず
 きれいに巻き上げる技術が必要でヘアメイク研修で習得すると


   これはおまけです

1時間半でジョグジャカルタ空港へ到着
出口では 今日・明日と現地ガイドをお願いする男性に会えてホッ!
「はっとりさん」と書いた立て札を持つ 日本語ガイドさんでした
さあ 日本語ガイドさん付きのプライベートツアー スタートです

   ジョグジャカルタ観光地図

私が利用したのは「ホットホリディー」という現地発着オプショナル
ツアーの予約サイトでした いつも利用する「ベルトラ」には今回の
「バリ島発1泊2日ボロブドゥール・プランバナン」というコースが
無かったので 未知の会社ですが申し込んでみたのです 日本法人の
担当の方が どんな質問にも対応していただき 不安は全く無かった
(帰国後ユーチューブを検索していると 良くなかったという意見が
ありましたが・・・)
LCCの手配 空港送迎 入場券 レストランの予約 ホテルの手配
運転手付き日本語ガイドさんの手配 全部おまかせで このサービス
無しで我々夫婦どうやって ジョグジャカルタを観光すればいいのか
分からない 本当に助かりました

先ずは昼食「セカール・ケダトン」
ツアー客御用達の店らしく 基本的にお客は外国人 日本人も
2組いました クセもなく安心して食べられる 良い店でした


ボロブドゥール遺跡に到着 空港からは2時間かかりました
ボロブドゥール遺跡は カンボジアの「アンコールワット
ミャンマーの「バガン」と共に世界三大仏教遺跡」なのです

午後3時の予約(当地では11時から15時までは暑いと)

ボロブドゥール遺跡入口まで 史跡公園内をバスで進みます
同様の行程 何か南米のイグアスの滝のことを思い出します

11月は雨期です スコールの気配です
足元注目! ボロブドゥール遺跡を保護のため専用サンダルです

さて どうしてこのボロブドゥール遺跡に来ることになったのか?
海外旅行といえば 欧州中心だったのに 何でインドネシアなの?
きっかけは 妻の昨年春の 奈良国立博物館 空海展観覧なのです
KUKAIー密教のルーツとマンダラ世界と銘うった密教の源流を
探る旅 そこに現れたのがジャワ島のボロブドゥール遺跡とのこと

遺跡の小さい仏像たちが立体的に並ぶ展示が まさに立体曼荼羅
空海とボロブドゥールを結ぶ糸について・・・ 何となく話すのを
聞いて 突然行きたくなった 妻にも見せたくなった そして是非
そこの頂上まで上らせたくなったのです


基壇の説明から始まります 良いことをすれば良い結果が生じ
悪いことをすれば悪い結果が生じる 善因善果・悪因悪果です

第一回廊上段「仏伝図」で描かれた仏陀の生涯の説明を受ける

有名な001面 天界にいる仏陀(前世)の図から物語は始まる
中央の場面では 宮殿に座って 天人たちが音楽を演奏している

天界から人間のため 地上界に降りることを決意するところから
地上に降りる準備をし 摩耶夫人の子として生まれることとなる


007面 仏陀降天の形態の議定
仏陀(釈迦)が「いかなる姿に於いて母胎に宿るべきか」を問うた
「身には光り輝く金の網を掛け 威風堂々 三十二相を具足して
母后の胎内に入り給うを要す」との回答を得る


009面 宮室における王妃
帝釈天の園に於ける王妃 右手に蓮華を把って摩耶夫人は坐る

012面 仏陀(釈迦)の降神
仏陀が人界に降りる(降天)に際し諸天が侍従する決意をする
天女は空に飛遊し采女宮臣は地上にひざまづき 愛すべき鳥獣は
果樹の上に戯れている

027面 藍毘尼園(ルンビニーエン)の行啓
聖胎を懐ける摩耶夫人は 仏母の常で 仏陀降誕後は生命長からざるを
知り 生国に帰り分娩せんとの途中で 父王が設けた世に双つとなき
藍毘尼園に向かう

028面 シッダールタ王子(仏陀 釈迦牟尼仏)の誕生場面
春の初めの如月八日鬼宿舎するのとき・・・
天地は震動し 龍王は天から産湯を吐いた 摩耶聖后は起立し
王子は右脇より降誕あらせられた そして 蓮の花の上を渡る
地上に降りた際 前世のことは全く意識から無くなるらしい

お釈迦様はゴータマ・シッダールタという仏教創始者のことで
2500年前頃に生まれたとされている ネパール西南部の
釈迦族の国の王子であったため「釈迦」と呼ばれると

一般的には釈迦のことを仏陀と呼びますが 仏教では悟りを
得ることを仏陀と呼び 本来は個人を表すものではない

大学で3年間日本語を学習して ガイドになられた男性からの
説明ですが 理解するのが難しい 釈迦をはじめ 菩薩・王族
兵士など登場人物が1万人を超えるレリーフで120の場面が
描かれているものです 短時間で聞く側の妻は果たして???

円壇部分への登り口などには 上部に鬼面カーラが描かれている
回廊を一つ上がるたびに カーラの大きな口をくぐり抜けて行く
巡礼者の過去の災いが飲み込まれる 実は スコールとの闘いで
上を見ながらという余裕は全くなかったのです 残念でした

仏塔(ストゥーパ)は菩提樹の葉の形が原型になっていると

  ゴータマ・ブッダ菩提樹        菩提樹の葉
苦行6年間の末 王子は菩提樹の樹の下で死ぬ覚悟で最後に深く
瞑想を始め 明け方太陽が昇るころ 遂に悟りを開くことに成功
悟りを開き 仏陀になったわけです
菩提樹は 悟りを開いたシンボルとして仏教では大変重要な存在

遺跡は3層構造になっていますが 外周の基壇 回廊が作られた方壇
最上部の円壇は「仏教の 三界」(煩悩で生きる「欲界」悟りを求める
「色界」物質世界から解脱した「無色界」)を表現しているとの解釈
つまり基壇から頂上部へ上がることは「悟りへの道」となるそうです

ここで注目 仏塔の切り窓の形が 菱形から正方形へ変化している
不安定から安定へ 知らず知らずのうちに変わってきているのです
「良く気づかれましたね!」とガイドさんに褒めていただきました


  ボロブドゥール遺跡の断面図と建築比率

  注:Rhombus とは「菱形」の意味
    菱形の窓は不安定な俗界の人の心を表し 最内層の
    正方形の窓は 安定した賢者の心 そして窓の無い
    「無の世界」の  大ストゥーパに収束していくのです
  

悟った二人です


2023年6月 天皇・皇后両陛下のインドネシア公式訪問の際に
天皇陛下ジョグジャカルタを訪れ サンダルをはいて視察された

ここボロブドゥール遺跡については 以前から深い関心をお持ちで
京大の千原工学博士の功績や日本の援助にも精通されていたのです

上の写真は 修復作業への寄付者リスト ユネスコ加盟国としての
日本 民間団体では日本ボロブドゥール修復協会 日本万国博覧会
記念協会などが名を連ねています

<ボロブドゥール遺跡の歴史>
8~9世紀 シャイレンドラ朝が建造し 王朝の衰退と火山噴火で
      密林に埋もれる
1814年 英国調査団のラッフルズ(知事に任命)により再発見
19世紀  オランダの植民地支配下で発掘調査
1945~ 独立後に ユネスコに保存修理支援要請(1955年)
1970~ ユネスコ保存修復支援決定
      京大千原工学博士に技術諮問委員を委嘱(1972年)
1973~ 保存修復開始
1983年 2月完工式 保存修復事業終了 史跡公園も完成です
1991年 世界文化遺産登録

 千原博士は 先ずは寺院を全面解体し 鉄筋コンクリートで補強
 排水パイプを施設 地すべり警報装置を据え付け元の姿に再構築

 注 : 遺跡は自然の丘に盛り土をし その上に高さ23cmで統一
   された安山岩のブロック200万個を 接着剤など使わずに
   ただ積み重ねた「空積み」構造で造られている 下部方形の
   6層と上部円形の3層からなる遺跡内部に空間がないのです
   解体時にはコンピューターで石の一つひとつに番号をつけて 
   再度組み直された(地球の歩き方より)

「250段も良く上れた そして下るのがもっと大変だった」と
この日のためリハビリを頑張った 膝の少し悪い妻を褒めました

スコールでした 体内から悪い運気が全て洗い流されたようです
参考: ボロブドゥール遺跡の入場料金はいくらなのでしょう?
    外観だけを眺めるだけなら25USドルで 上る際には
    さらに15USドル(日本人ガイドにも)必要なのです
    プランバナン寺院も同様で 25USドルを基調にして
    400,000RPとなっているようです
    両遺跡とも 政府管轄企業が独占運営しているそうです
    (注:国内の人には ものすごく安く設定されています)

短時間の滞在にしては もったいないほど立派なホテルの
「メリアプロサニーホテル ジョグジャカルタ 5つ星」
当地はジャカルタ市に比べ 物価は半分なのだそうです
着替えだけして 夕食と「ラーマーヤナ」の舞踏鑑賞です

夕食会場は プランバナン寺院の裏側 ライトアップが美しい!
小学生の団体が来ていて うるさいのなんの 夕食も遠慮します


  乾季は上の屋外劇場で 雨季は屋内劇場で19:30~21:30

出演者のお出迎え

観覧席は中央の最前席でした 舞台の両側に英語の字幕が出ます
ラーマーヤナとは ヴィシュヌ神がコーサラ国の王子ラーマとして
地上に降り 悪事の限りをつくす魔王ラーヴァナを退治する物語と

ところが 始まってすぐスヤスヤと眠りに入る妻
明日が早いこともあり 休憩時間で失礼しました

<3日目 11月12日(水)時にスコール>プランバナン寺院
朝は2時半のモーニングコールのあと 3時15分ホテルを出発
イスラム教の「アザーン」(一日に5回)がどこからか聞こえます

早朝の「ストゥンプの丘」まだ4時前です 一番乗りです
階段と坂道を約15分上がって サンライズをを待ちます

夜明けと共にムラピ山が浮かび上がります

雲海の中に ボロブドゥール遺跡の頂上の輪郭も浮かび上がります

ブランコに乗り ご満悦の妻 ブランコの担当の方が 妻のスマホ
写真を撮ったりビデオを回したり ハイポーズ!と指示したりします
担当者も大乗り気で さらに押す方の方も一生懸命押してくれました
妻が5,000RP出したら 「喜んでもらえたからお代は結構です」
とのニュアンスです 実は 20,000RPが相場だったようです

世界の名レストラン「アマンジウォ」です 竹の名産地でもあります
入口のゲートが開きません
最近になり 朝食が提供されるようになったので予約しておいたのに
入口の係員がそのことを知らされておらず ガイドさんと押し問答に
相当の時間経過のあと 了解のゲートオープン


古代のギリシャ神殿風なたたずまい


        上の三枚は ホテルのホームページからの転載

  空港から当ホテルまでは 専用車で1時間半の送迎もあり
  更に言えばジャカルタからジョグジャカルタまでアマンの
  スペシャルな車両に乗るトレイン・ジャーニーで7時間の
  旅も味わえる仕組みだそうです

注:アマングループは東南アジアを中心に世界20か国以上で
  35の施設を展開するラグジュアリーホテルチェーンです
  サンスクリット語で「平和」を意味する「アマン」を冠し
  部屋数を抑えた隠れ家のようなリゾート体験を提供します
  因みにアマンジウォは「平和なる魂」を意味していると

  我々も以前 京都鷹峯のアマンに入ろうとしたら入り口で
  外人女性に断られた経験あり 電話でアフタヌーンティー
  申し込むと 空いているのが帰京日 縁がなかったことを
  思い出しました 初アマンが海外になろうとは・・・・

朝食のテーブルに着くのは我々だけでした

メインは妻が頼んだオムレツと私が頼んだミーゴレン
パン4枚とクロワッサン他3個はカメラ外に 右はそのディップ

ここからもボロブドゥール遺跡の頂上が見えます


  晴れた日には こんなにクッキリと見えるようです

 
  山の上からアマンジウォを眺めるとコテージの配列が分かります

こんな最高のホテルにもハエは来ます ろうそくで防ぎます
右はトイレの男女識別です どっちがどっちか分かりません
トイレはTOTOのウォシュレット利用で表示は英語でした

一人悠々とテーブルで寛いでいます

ジャワの富士山と言われる「ムラピ山」
2010年の噴火でアマンジウォも火山灰で覆われ大変だったと

そうそう この記事を書いている最中 11月19日ジャワ島の
スメル火山が大噴火 海抜1万6千mの噴煙が上空をのニュース
我々の帰国が17日10時 もしかしたら飛行機が飛ばなかった

ジョグジャカルタのメイン駅「トゥグ駅舎」は国の重要文化財です
ガイドさんに無理を言い 鉄ちゃん康子の機嫌取りで立ち寄ります

ホテルに戻り 着替えしてチェックアウトして再出発
窓の外の屋根が古い 戦災に会っていない街並みです

左は ボロブドゥール遺跡で 円壇部分への登り口上部にあった
鬼面カーラ(魔除け)です 色彩付きだと愛くるしく見えますね
右は 王宮入口 2023年9月に世界遺産登録となりました

人形劇の舞台裏 人形使いは一人でもバックの音楽担当が多いのです

王様の居室

タマン・サリ「水の離宮
プールの南側には スルタンがその寝床を共にする美女を選ぶ
ために覗いたといわれる小窓のある部屋があるそうです・・・

昼食は「SRAWUNG」田んぼに隣接しているレストラン
悪いけど アマンジウォの次にはどんなレストランも無理!
飲み物は常にホットコーヒー 氷入りジュースは要注意です

プランバナン寺院群です(日本語パンフレット)
地図上の8番が昨晩の夕食会場と屋内劇場です 1番から500m

いよいよプランバナン寺院群に到着 またもスコール気配

 
  プランバナン寺院群(ロロ・ジョングラン)
プランバナン寺院は ヒンドゥー教の 三大神に捧げられたもので
中央にシヴァ堂 南にブラフマー堂 北にヴィシュヌ堂が並び立つ
配置 3つの祠堂の正面には それぞれの神の乗り物である聖獣の
祠堂3基が並立し 更に200を超える小祠堂が周囲を囲んでいる


サンジャヤ王朝により 856年の建立と推定される
16世紀の地震で崩れ落ちた後 19世紀に発掘開始
20世紀になり修復作業開始されますが・・・ 
新しい石材を使用する場合 30%を超えてしまうと
新しい遺跡となってしまい世界遺産から除外されると
(ボロブドゥール遺跡でもその旨説明を受けました)

宗教上の行事の最中のため 破壊神シヴァ神を祀る 最大で一番中心の
シヴァ堂の「ロロ・ジョングラン」(細身の処女の意味)は拝めません 

シヴァ祠堂だけは四面に石像が祀られているそうですが
ガネーシャの収められていた堂の中がカラッポ 盗まれたそう
右は 入れないシヴァ祠堂の前に立つガネーシャ

創造神ブラフマー 通常四つの顔と四本の腕を持つ姿ですが
三つの顔だけで 裏にも もう一つお顔があったようです

右の奥には昨晩 ライトアップを見たレストランが見えます

本日は 近隣の中学生らしき一団と遭遇
妻の康子を取り囲んでスマホ撮影 外国人が珍しい 特に
遠い日本の東京から来た女性だということで大騒ぎでした
まるでアイドルにでもなったような妻 とても嬉しそう! 
そして取り囲む女子達のそのいでたちがユニークそのもの
義務で頭髪を隠す イスラム教の「ヒシャブ女子」です

反対に男の子たち 女子は何をやっているんだと苦笑い?

プランバナン寺院群が写る場所だそうです

最後にジャコウネコのコーヒー店
一袋3,500円 3袋で9,000円という殺し文句に妻
2種類あるから6袋では? いやに乗り気になってしまって
私が怒鳴りつけます 何とか3袋に落ち着かせました・・・
銀座で販売していますと言うが「谷中銀座」ではどうなの?
今までも 購入するのはいいけれど あとはホッタラカシ!


 これから 2時間半かけてジョグジャカルタ空港へ 
 ジョグジャカルタ市は京都の姉妹都市
 多くの大学があり 観光が主要産業と共通性が高い都市です
 物価も最低賃金も 首都ジャカルタの半分ですが 両遺跡の
 入場料金は桁違いに高かった きちんと遺跡保全に充当を!

 2日間をかけてボロブドゥール遺跡とプランバナン寺院群を
 見学しましたが スコールに会ったこともあり 十分に見学
 できたとは言えません でも実際目の前にすると想像以上の
 偉大さを感じました 壁画一面一面の意味合い 首が取れた
 仏像群 修復された石材に印された「。」の意味 あらゆる
 場面で出会う「ラーマーヤナ」の意味するところ・・・
 
 1時間半かけてデンパサール空港へ そしてホテル帰着です

 23時 デンパサール空港到着し ホテルまでのタクシーを
 エアポートタクシー側は ホテルまで160,000RPと
 私が「昨日 ホテルからここまで125,000RPでした
 ですから ここからも同額でどう?・・・」という交渉です
 本当は深夜料金時間帯ですが 先方納得し OKを得ました

ヒルトンホテルも今回はスムース「部屋はアップグレードで
朝食も付きます・・・」

<4日目 11月13日(水)晴れ・雨>バリ島へ戻ります

ヒルトンホテルでの2泊目 部屋からの眺めも前回比良好でした
9:30ホテルからヌサドゥア地区のマリオット・ガーデンズへ
料金は400,000RP まずまず妥当な金額です

ここで前編を終えて 後編へ続きます