2022年9月 金沢 福井 能登6日間⑥金沢市内 

加賀友禅会館での「フェニックス康子」

<第六日目 9月1日(木)雨>成巽閣と西田家庭園そして帰京

「成巽閣」ミシュランガイド1つ★ 入口正面と前庭 小雨です

室内からのお庭撮影

書院造り 加賀百万石 前田家奥方の御殿
欄間は檜の一枚板に花鳥を透かし彫りにし 極彩色の岩絵具使用です


本日は雨模様で雨戸が出ているが 実はここの廊下 柱の無い20mの
縁側で有名 軒先が桔木(はねぎ)によって支えられ庭を開放的に眺め
ることができる 梃の原理で屋根を支えているのが大きな特徴の様です

2階に上がります   成巽閣の屋根はサワラ材の杮(こけら)葺きです 
創建当時の杮葺きが 明治に瓦 昭和に銅板 最終杮葺きに戻りました

数寄屋風書院造りの部屋の次に「群青の間~書見の間」が・・・
フランスから輸入されたウルトラマリンブルーの群青の色が目を引きます
日本・中国・西洋の融合を感じさせる空間は 明治以降は歴代天皇 皇族
の御宿泊 御休憩所として用いられました 実は今年度の特別公開で茶室
と名勝「飛鶴庭」が事前予約で入れたようなのです!勉強不足でした

次に訪れたのが石川県立美術館

この美術館の一番は辻口シェフの「ル・ミュゼ・ドゥ・アッシュ
美術館の展示品がイマイチだったので ここのカフェで挽回です

西田家庭園がまだ準備中なので 隣の加賀友禅会館に入館

花嫁のれんをくぐります 花嫁になれるのは一生に一度だけですよ!

京の町で人気の扇絵師であった宮崎友禅斉が 当地の御用紺屋に身を寄せ
斬新なデザインの模様染を次々と創案 加賀友禅の発展に大きく寄与した

五彩と言われる「臙脂・藍・黄土・草・古代紫」を巧みに使い 着物に
美しい「染め」の心を封じ込める加賀友禅 金沢駅鼓門のライトアップに
加賀五彩が生かされています 

ドヒャー!我ながら不格好ですね~

西田家庭園 玉泉園です 約50年前の学生時代に訪れ 金沢で一番好き
だった庭園で 係の女性が「雨が止んでいる間に 庭を回られては?」と
勧めていただき 庭に入りました

どこを切り取っても絵になる庭園です

室内から見えるのは またしても「隠れ切支丹像」ではありませんか

玉泉園の歴史から・・・
前田利家の四女「豪姫」が 子供の無かった秀吉の養女となり のち秀吉
五大老の一人 宇喜田秀家の正室に しかし秀家が関ヶ原の戦いで敗れて
八丈島島流し 兄前田利長の元へ戻され 小姓として脇田直賢も金沢に

当時の金沢は 切支丹大名として名高い高山右近が客将として住み 多く
の藩主が影響を受ける 日本中でも有数のキリシタン信者の町金沢で豪姫
も 直賢ら家臣と共にマリア名で洗礼を受けた
(参考:高山右近は 家康のキリスト教禁止令で マニラに流され病死)
直賢は 利長の正室永姫(信長の四女 院号玉泉院)に預けられ 子供の
ように育てられ 脇田家を創設 約100年に渡り作庭されたのが玉泉園

「かなざわ玉泉亭」の「優雅昼会席」がスタートです
お椀・造り・八寸・炊合せ・箸休めなど豪華8品です
築200年を越す江戸末期の邸宅を現代風にアレンジしたガーデン
レストラン 窓の外に広がるは玉泉園 目にも舌にもごちそうです

お皿の魁の文字に角がありません ハレの日にお出しするのに鬼は
不似合いですので・・・と(東京の鬼子母神と同じ発想です)

鱧や鰻が続きます
玉泉亭のホームページから料理長が片折卓矢氏と判明 調べました
金沢の名店「懐石つる幸」出身(ご夫妻とも)で玉泉邸のオープン
(2014年4月1日)から3年強料理長と女将として 何と1年
目にして1つ★獲得 そして独立 2018年5月「片折」を開店
ミシュランガイド北陸2021特別版で2つ★獲得 超人気店です
(あれれ 今現在 玉泉邸の料理は誰が任されているのでしょう?)

他の人のブログを見ていたら ご飯が余ったらおにぎりにしてもらえる
とのこと 知りませんでした 帰りの飛行機まで十分な時間があったのに

大変好感の持てる話し方で 料理の説明も簡潔明瞭だった配膳担当の女性
もしかして ここの料亭のお嬢様では?と 夫婦で秘かに話していました

話の途中で「御帰りになられるサンダーバードは良く止まるんです」と
「今のところは大丈夫な様です」・・・いやな雰囲気が漂い始めました

ホテルに立ち寄り預けた荷物を引き取り 早めに金沢駅に到着しました
すると場内アナウンスが・・・「サンダーバードは34号までは発車し 
後続は中止です」と 妻はその34号で16:00大阪に向かうのです 

私は小松空港までリムジンバス そして18:50のANAまで3時間
以上あります これからが長いのです 休憩室で眠り込まないように!
待合室に来ると「羽田空港上空が混雑していて 出発も遅れます云々」
最終的に30分遅れで羽田到着 ものすごい揺れでもう飛行機ゴメンの
状態でした 台風の影響でしょうが 天気に文句は言えません
本来は 出発前の天気予報で前半は晴れ 後半に崩れ 雨模様となって
いたのが 最終日までは好天 暑すぎる毎日だったので晴れ男万歳です

妻も大変だったと 本日の最終列車という事になったため 本来通過駅
であった駅にも停車し 停車の都度乗客が押し寄せ 指定席の空席無し
最終の大阪駅に サンダーバード34号 やはり30分遅れで到着です
(そうです 我々夫婦は 月の三分の一は遠距離結婚なのです)
 
でもでも妻からは「楽しかった ありがとう」の電話があり良かった!
また金沢に行きたいとまで言っているので 旅行立案者としては合格!

金沢を旅行しての「金沢ランキング」の感想 ②以外は実感しました
①甘い物大好き     国内第一位
②御餅の人気      国内第一位
③意外な人気野菜 蓮根 国内第一位
④年間降雨日数197日 全国第一位 弁当忘れても傘忘れるな
⑤高級魚介類志向    全国第二位 蟹・ぶり等

 金沢は美味しい どこの食事も思い出深い
 そうなんです ミシュランガイド・ジャポンの ★獲得店が多い
 3つ★が1店 2つ★が9店 1つ★が18店の 計28店です
 金沢随一のグルメタウンである片町から にし茶屋街周辺に多い
 今回の旅行で全く足を運んでいないエリアで 次回のお楽しみ?

金沢滞在中 ホテルでテレビをみていたら 馳 浩が石川県知事として
出演していた そうか!と そこで金沢出身の有名人を調べてみました

当地に記念館のある谷口吉郎鈴木大拙はともかく 特別好きでもない
作家の泉 鏡花・徳田秋声室生犀星・・・と出てきますが特筆すべき
人物は八田與一さんでしょう 東大土木課卒で 台湾総督府技官として
任官中の1930年に「烏山頭ダム」を完成(今も健在)させた人です
(台湾では中学の教科書にも載る有名人で 大恩人として紹介される) 


1942年 土木工事の為フィリピンへ調査目的で日本を出発した船が
途中 米軍の魚雷で沈没し死亡 1945年 妻が台湾を離れるに際し 
烏山頭(うさんとう)ダムに投身 夫の後を追ったのです


      有名人としてもう一人 ジアスターゼの生みの親 高峰譲吉さんが日米
友好の懸け橋として 1912年ワシントン・ポトマック河畔に桜を寄贈 
2012年 ワシントンの桜の里帰りとして金沢城公園に植えられました

ついでに俳優・歌手では・・・鹿賀丈史 あつ!鶫真衣 陸自の歌姫!

最後に「ブラタモリ金沢編」から

我々も行きました 見越しの松の家

長町武家屋敷跡の「鞍月用水」です
小川沿いにある建物は川より一段高い 土塁があった痕跡 この堀と
土塁を利用し 城や城下町を丸ごと守る仕組みを「惣構え」と呼ぶ
金沢城河岸段丘上に立地した 堀をつくり 掘った土で土塁が作ら
れたのです
この惣構えシステム大改造を指揮したのが 前田利長から命を受けた
高山右近なのでした

 






 




 


























 


もどっもどった