2014年11月 義母を伴い京都での初夫婦旅

f:id:HATTYAN0234:20211202174457j:plain東福寺の紅葉の下で

<2014年11月21日 義母86歳>
大阪梅田から 京都駅で落ちあい バスで金戒光明寺へ行きます
ここの慰霊塔に 義父が合祀されているので お参りに来ました


義父の出身校 京都大学のレストランで昼食 そして京阪電鉄
東福寺へ向かいます 丁度紅葉シーズンもピーク 大勢の人出です
義母には相当にキツイ強行軍でしたが 良く歩いていただけました

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京都駅構内での実演販売

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さすが国際観光都市の京都です 外人用に分かり易いバス停案内です

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f:id:HATTYAN0234:20211202180546j:plain義父は 肺癌の治療中に急死したのですが 死因に不信を抱いた長女
(私の妻)が解剖を依頼したら 図らずも母校の京大で献体解剖され
慰霊塔に合祀されることになったのです 

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  2010年盛秋

f:id:HATTYAN0234:20211202180907j:plain京都大学に向かう途中で見つけました「服部豆腐店
看板左下に「南禅寺御用達」とあります 後日南禅会館に宿泊時
朝食でいただきました 当然この日も購入しました

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真如堂に行きます

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何かを訴えている表情

f:id:HATTYAN0234:20211202181457j:plainそうか!「花より団子」だったのですね
義母も元気回復 やはり親子は良く似ていますね

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  2002年盛秋

f:id:HATTYAN0234:20211202190241j:plain京都大学 吉田キャンパス内 フレンチレストラン「ラ トゥール」
とても美味しかったけれど 当時は写真を写す習慣がなく 何を
食べたかは 全く記憶にございません

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東福寺への参道です

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f:id:HATTYAN0234:20211202181734j:plain東福寺の通天橋 入るまでが大行列でした

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向こうに見えるのは 臥雲橋です(最近知りました)

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f:id:HATTYAN0234:20211202182202j:plain回り込んで 偃月橋を渡ります

f:id:HATTYAN0234:20211202182353j:plain通天橋は やはり人 人 人です

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間に 変なおっちゃんが写り込んでいたので分割しました

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f:id:HATTYAN0234:20211202183132j:plainもうこの辺では 義母も限界?

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東福寺には 紅葉のモミジが2,000本 桜はありません
東寺の画僧 明兆が大涅槃図を描きあげ 室町幕府第四代将軍の足利義持
にお見せしたところ 大感銘した将軍が「何か望みがあれば申してみよ」
と仰せになり 明兆は(花見客が詰めかけて修行の妨げとならないよう)
桜の木を全て伐採してほしいと願い出た こうして桜に変わってモミジの
木が植えられ 現在は 青モミジや秋の紅葉が楽しめるようになりました

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  1997年盛秋
  六白年前、桜を全部、切りました。春より秋を選んだお寺です。

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  2009年夏

f:id:HATTYAN0234:20211202183258j:plain大阪は梅田 家の近くのメリーゴーランドです

f:id:HATTYAN0234:20211202183358j:plainお疲れさまでした

翌11月22日は 夫婦で大阪から京都の嵐山に出かけました
フォトブックには 妻をモデルにした写真を掲載していますが
ここでは 妻が写した被写体が私の地味な写真を載せておきます
嵐山の紅葉風景の中 何故か端っこに申し訳程度に入っています

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中ノ島公園

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  1995年夏

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多分 秋季特別公開の「宝厳院」だと思います

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さすが「天龍寺」は超人気 あふれんばかりの人出でした

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  2002年春

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  2016年秋
  外の景色をお借りできて、うれしい、ありがとう。
  情景はきもちの言葉でした。

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続く「竹林の道」は まるでラッシュアワー状態

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まるで「ウォーリーを探せ」状態で 端っこに写り込んでいます

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外人さんも必死に竹林を写していました

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すぐ傍の「大河内山荘」です 茶菓付きで1,000円だからか
あまり入園者がいません とてももったいない 素晴らしい庭園
小倉山の南面に 時代劇の名優 大河内伝次郎が 昭和6年から
64歳で逝去するまでの30年間でコツコツと創りあげたのです

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「大乗閣」からは 額縁の外に 京都の町や比叡山が見えます
ここからの四季の移ろいを眺める贅沢に 丹下左膳も満足されたでしょう

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「常寂光寺」では 着物姿の学生さんに許可を得て大写しでパチリ

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私はというと 風景の中に溶け込んで いるのかいないのか?

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  1993年盛秋
  〇〇の今頃、〇〇、何してたんだっけ、
  どうせ、忙しい忙しいって言ってたんじゃない。

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  2007年初秋

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  2011年初夏

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  2019年初夏

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二尊院」の本堂

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  2012年盛秋

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祇王寺」の苔庭 とても数枚の写真では 良さを伝えられません

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  1994年盛秋

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  2010年初夏
  古くからあるのに古くない、毎年、新しい生命力を
  緑からもらうようにできていました。

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   2019年初夏
   苔が、新緑を見守る。
   「古と今」は、共に美しく生きていました。

最後に「宝筐院」に立ち寄って 嵐山一日観光を終えました