2021年 京都の初秋を巡る6日間⑥

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f:id:HATTYAN0234:20211119130715j:plain智積院長谷川等伯親子渾身の力作 ここにあり
狩野派なんぞに負けてたまるか!

<6日目>
本日のメインは ヒルトンの新ホテル「ROKU京都」の見学と
智積院特別公開中「楓図・桜図」他の国宝障壁画の現物(上はレプリカ) 

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ホテルの朝食を食べて
次はヒルトンの新ホテル「ROKU京都」
まるで京都迎賓館のような雰囲気です 絶対に泊まりたいホテルです
一ヵ月ほど前にホテル内部を見たいとメールで予約を取得済なのです

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ROKU京都と「ショーザンリゾート」の同一敷地内にあるのが
東急リゾート京都鷹峯なのです ようやく宿泊先に帰って来ました
そしてすぐにチェックアウト 京都駅に向かいます

f:id:HATTYAN0234:20211201054000j:plainJR京都伊勢丹出町ふたば 昨日電話で予約して 妻と私それぞれ
家に持ち帰るお土産用に購入です そして大阪に戻る妻とお別れです

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新幹線15:39まで3時間あります
さてどこに行こうか? さっと思いついたのが「智積院」バスに乗ります

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収蔵庫に長谷川等伯の現物が貯蔵されています
撮影はもちろん禁止 随分傷んでくすんでいるなあ が感想です
でもでも 大好きな長谷川等伯 十分に堪能できました

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「利休好みの名庭」に入ります

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入る前 開け広げた室内に等伯親子の力作(レプリカ)が見えます
いやあ とても綺麗 くすんだ現物とは大違いです

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室内から池を眺めると これがまた素晴らしい
時間も十分にあるので ゆっくり鑑賞できました

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鐘楼

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「天下一」を巡る絵師たちの戦い 狩野永徳長谷川等伯
先ずは狩野永徳(1543~1590 京都生まれ)
室町幕府に仕える絵師の家系で四代目に当たる天才 狩野派の大スター
・23歳で足利義輝の注文を受け「洛中洛外図屏風」を完成させる
・信長の御用絵師として安土城に招かれ 100枚の障壁画を描く もし
 信長の気に入らない出来であれば 即切腹を覚悟しての製作であったと
・秀吉にも重用され 大坂城聚楽第の内部装飾を請け負う
・秀吉に倣った他の大名たちも注文を これ正に「天下一」の極致である
 ただし あまりの仕事量で 現代風に言えば過労死で死去 後ろからの
 長谷川等伯下剋上の勢い・追い上げに常に恐怖感との闘いでもあった

・彼の作品の多くは構造物と共に失われ 現存作品は10点に満たない

次に長谷川等伯(1539~1610 能登・七尾生まれ)
・若い頃は仏画中心 染物屋で働いていた
・30代で京に 染物屋ならではの色彩センスを生かし狩野派に弟子入り
 狩野永徳もその力量を評価していた
・その後独立し 門人の育成に力を入れて 大規模な仕事にも対応できる
 システムを整え 同時にファンを増やす ファン代表が千利休であった
・1589年 利休が大徳寺に山門を寄進する際 天井画や柱絵を等伯
 依頼 これを狩野派はつぶしにかかるも見事成し遂げて 大評判となり
 その声は朝廷にも届いた
・1590年 仙洞御所の内部装飾の一部を狩野派から自分らにと運動を
 展開した等伯 これが永徳への下剋上の戦いの幕開けであった
 永徳必死に抵抗 あらゆるコネを駆使して大抗議を展開 何とか狩野派
 だけでの請負にこぎつけるも 疲れ切っていた永徳一ヵ月後に死去す
・1591年 秀吉造営の祥雲寺(秀吉の子鶴松の菩提寺 現智積院)の
 障壁画を請け負う 1593年完成作品の一部が「楓図壁貼付」である
・1591年 大徳寺山門いいがかり事件で利休切腹
・1593年 祥雲寺障壁画完成直後 後継者である息子久蔵が急死する
 等伯以上の実力者とみられていた 狩野派の暗殺陰謀説が流れた・・・
・号泣する中で取り組んだ「松林図屏風」は等伯の代表作 国宝である
・1599年 久蔵七回忌の年 本法寺に「涅槃図」を奉納した

・晩年「雪舟五代」を自ら名乗る 現存する作品は80点余
 今見ることのできる作品数は永徳を大きく上回る
 今年 市内で「楓図」と「涅槃図」の現物を両方見ることができた
・おまけ 歴史好きで知られる俳優の高橋英樹が この二人の戦いを
 「吉岡一門と宮本武蔵」に例えていたが 勝負は武蔵(等伯)の勝ち!
 だって高橋英樹自身も宮本武蔵を演じているのですから

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京都駅に戻るべくバス停に 国立博物館の向こうに山々が
これが京都です 超近代的なビルが建ちませんように祈ります

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駅地下「こなな」で昼食990円 こんな軽食がいいですね

 

最後に 京都旅恒例 今回訪れた観光名所の「そうだ 京都、行こう。」
のポスターを紹介します

1994年 夏 比叡山

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   比叡の山に登りました。
   人生観がグラッとするような話に、出会いました。 
   ラクな道ばかり選びたがる自分に、反省をうながしています。

1994年 盛秋 神護寺

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   紅葉が見事、というだけでは
   名所になれないんだそうです。京都では。
   試練の中で暮らす人がいて、紅葉の中で微笑む仏像がいて、
   ただもんじゃないな、京都の秋は。

1996年 春 大覚寺・大沢池

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   「桜がなければただの広場」なんてところ多いけれど。

1999年 夏 宝泉院

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   この国もますます、グローバル化するそうですね。
   あちこちが、デジタル化なんだそうですね。
   二十一世紀がもうすぐだそうですね。
   京都は「関係ない」って顔をしているようでした。

2004年 夏 高山寺

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   大きな夏休みが、小さなお寺で見つかる。それがうれしい。

2007年 初夏 智積院

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   京都なら、そのスーツのままでいいんじゃないですか。
   春と夏の間に、いったいいくつ季節を
   隠しているんだ、この町は。

2007年 盛秋 大覚寺

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   美しい景色は 人がつくり上げるものです。
   この当たり前のことに、1000年経った今、
   ドキリとするのはどうしてだろう。
   平安時代の初めに海外の情報を集め、書を読み、話を聞き、
   練りに練ってこの空間設計は生まれたのでした。

2008年 夏 延暦寺

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   絵日記を書いて、それでおしまいに
   なってしまうような夏じゃなく。
   大きくなって、思い出してくれるような「夏の記憶」を
   つくるかどうか、親も試されているのです。

2008年 盛秋 三千院

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   紅葉の中で 仏さまに出会ってしまいました。
   急いでケータイを切ります。あしからず。

2013年 夏 石清水八幡宮

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   夏の子供を育てるのは、青い空と太陽だけじゃないのです。

2015年 初夏 東福寺

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   初夏の私は、「秋のガイドブック」を開きます。
   紅葉の名所は、すなわち新緑の名所ですから。